私は高校生のころから室生犀星の『幼年時代・あにいもうと』『性に目覚める頃』等を愛読していました。
犀星という人は、とにかくその出自がすさまじい。
父親は小畑弥左衛門吉種 (当時64歳)、母は同家の女中ハル (本名佐部ステ) (当時34歳)。
小畑弥左衛門吉種は数年前に妻を亡くしていて、その時、知人の女性が「60過ぎて男の独身は気の毒だ」と、吉種の身の回りの世話をさせるために、彼より30も若いハルを女中として与えたのである。
「やがて吉種とハルの間に恋が芽生え……」というのだったら「めでたしめでたし」なのだが、実際はそうではなかったろう。老人の吉種が若いハルの肉体を夜な夜な性的に虐待し、その結果として犀星が生まれたのだろう。その証拠に犀星が９歳のとき父の吉種が死去するのだが、亡くなったその日のうちにハルは家から逃げ出し永久に姿をくらませている。吉種 享年73、ハルは43になっていた。子供の犀星は生後間もなく養子に出されていたし、子供もいない二人っきりの家の中で30も若いハルに対する吉種の耐えがたい性的虐待は、おそらく死ぬまで続いたのだろう。
長々と書いたが、そんな決して夫婦とは呼べない男女の醜い関係から生まれた容貌の醜い私生児 犀星が、貧乏のため高等小学校を途中で退学させられ、13歳で金沢地方裁判所に給仕として働いたのを皮切りに、職業を転々としながら独学で文学を目指すその姿は、凄絶としか言いようがない。
そんな苦労人犀星の書いた詩の言葉は、私には文字どおり「血を以て書いた」もののように思われてならない。
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたうもの (小景異情 その二)
窓から戸口から
空から
子もりうたがきこえる。
だがわたしは子もりうたを聞いたことがない
母といふものを子供のときにしらないわたしに
さういふ唄の記憶があらうとは思へない。
だが不思議に
雪のふる日は聴こえる
どこできいたこともない唄がきこえる (子守唄)
はたはた (魚) やいてたべるのは
北国のこどものごちそうなり。
はたはたみれば
母をおもふも
冬のならひなり (はたはたのうた)
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