スタンリーのお弁当箱 [DVD]
フォーマット | 色, ドルビー, ワイドスクリーン |
コントリビュータ | アモール・グプテ, パルソー, デイヴィヤ・ダッタ, ラジェンドラナート・ズーチー |
言語 | ヒンディー語 |
稼働時間 | 2 時間 16 分 |
Amazon 新生活SALE (Final) を今すぐチェック
この商品を買った人はこんな商品も買っています
商品の説明
楽しい日もつらい日も、お弁当箱には幸せがつまっていた。
★インド映画の常識を覆す! 少年スタンリーと仲間たちの笑顔が眩しいほっこりヒューマンドラマ!
インド映画といえば、3時間を超える長尺、豪華スターの勧善懲悪アクション、世界を股にかけた大規模ロケーなど、とにかく華やかなイメージが強い。
しかし、年間1300本前後の製作本数を誇る世界一の映画大国インドにて、去年話題をさらったのは、笑顔と涙が印象的なこの『スタンリーのお弁当箱』だった。
ミュージカルもなくスターもいないけれども、自然体の子供たちの演技に心打たれ温かい感動が訪れる、インドのみならず世界中で大ヒットした傑作ヒューマンドラマ!
★映画を観終わったら必ずカレーが食べたくなる! 目にも心にも“おいしい"映画。
これまで日本で公開されたインド映画で、「カレー」をテーマにした作品は本作が初。
映画のあちこちに食べるシーンが出てくるだけでなく、インドの家庭料理の調理風景を丁寧に盛り込んでおり、レシピとしても使えるほどの充実ぶり。
また大きなお弁当箱にたくさんの種類の料理が詰まったお弁当を食べている子もいれば、クラッカーだけで済ませる子など、暮らしの様子もお弁当の中身で表現。
先生と対立という構図の中に、友情の大切さ、お弁当に込められた家族の愛情などを忍ばせる巧みな演出で、まさに“お弁当箱から人生がみえてくる"第一級の映画。
★『リトルダンサー』『ニューシネマパラダイス』の再来!?子供の自然な姿が奇跡の感動を呼び起こす!
1年半ものあいだ、毎週土曜日に子供たちを学校に集め、脚本の代わりに本物の教科書を与えて、子供達とワークショップをする中で撮影していった映画。
子供たちは最後まで映画撮影だと知らなかったという。
小さな一眼レフカメラを使用し、子供たちにカメラの存在を気づかれないように配慮。
かつてイランのアッバス・キアロスタミ監督が「友だちのうちはどこ?」(1987)で試みたような半ドキュメンタリー・半フィクションの手法に似た形で、芝居では出せない子供たちの自然な眼差しをすくい取った。
◆映像特典 : 劇場予告編(特報・予告)、特別映像(インタビュー)
◆ストーリー
みんなを笑わせているクラスの人気者スタンリー。
彼は家庭の事情でお弁当を持ってくることができない。
昼食の時間はいつも一人ぼっち。
水道の水を飲んで空腹を我慢している。
そんな彼を助けようと、クラスの友達はみんなのお弁当を少しずつ分けてあげるが、食い意地の張った先生に見つかり、取り上げられてしまう。
「ネズミめ、お弁当を持ってこれない奴は学校に来る資格はない」その言葉に深く傷ついたスタンリーは、次の日から学校に来なくなってしまった…。
※オリジナル音声言語はヒンディー語です。
登録情報
- アスペクト比 : 1.78:1
- メーカーにより製造中止になりました : いいえ
- 言語 : ヒンディー語
- 製品サイズ : 30 x 10 x 20 cm; 80 g
- EAN : 4988111245274
- 監督 : アモール・グプテ
- メディア形式 : 色, ドルビー, ワイドスクリーン
- 時間 : 2 時間 16 分
- 発売日 : 2013/11/29
- 出演 : パルソー, デイヴィヤ・ダッタ, ラジェンドラナート・ズーチー
- 字幕: : 日本語
- 言語 : ヒンディー語 (Dolby Digital 5.1)
- 販売元 : 角川書店
- ASIN : B00EY9PMU6
- ディスク枚数 : 1
- Amazon 売れ筋ランキング: - 124,252位DVD (DVDの売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
この映画がどれくらいインドを如実に表しているのかは正直分かりません。
自分が住んでいた場所は、ニューデリーとか割と落ち着いた場所で、何人か日本人も見ましたし、白人系の外人さんも見かけました。
そこで何人かの子供たちを見てきたので、確実に言える事があるのですが、
『この映画に出て来る少年達は、皆んな間違いなく"裕福である"』と言うことです。
空のお弁当を持って行く主人公もそうです。例外なく"裕福"だと思います。
向こうで数ヶ月暮らしていると、近所のガキンチョ供と、少し仲良くなる機会があって、私がニューデリーでプラプラしている時にちょくちょく道端とかで話したりする機会がありました。
インドの子供達特有で、だいたい『槍』みたいな長い木の棒を持っていたりする、野生児みたいな逞しい子が多かったのが印象的でした笑
1ヶ月くらい会うたんびに挨拶とかしてたのですが、だいたい顔触れは決まっていて、6〜7人くらいの子達が皆んなワイワイやっていたのを覚えているのですが、
ある時期から『1人だけ』、
「最近見ないな⁇」って子が居たりして、
他の子達に『そう言えば最近アイツどうしたの??』って聞いたら、
『死んだ』って普通に返されました。
かなり衝撃だったのと、その子達がかなり平然としているのにも二重でやたら驚きました。
『この前大雨が降って(その子の家族は、川の上でイカダみたいのに乗って暮らしていました。)、その時にアイツの母ちゃんとアイツの兄貴と妹が皆んな風邪を引いて、兄貴と妹は治ったけど、アイツはその日の内に死んで、アイツの母ちゃんも最近亡くなった』
『今はアイツの父ちゃんとアイツの"他の兄弟"で暮らしてる』
と言うような話しをしてくれて、
『オレ達も兄弟が皆んな生き残ってる奴は居ないよ』
と言う話しをしてくれたのを凄く覚えています。
『皆んな誰かしら亡くなってんだな…』
と実感したし、
『この子達が全員生き残ってるのも凄い奇跡なんか⁇』と不思議に思いました。
実際そんな感じで"急に見かけなくなる"子供が他にもいましたが、初めてのショックでそれ以降は何故か敢えて聴かないようにしてしまった自分がいて、
未だに思い出すと少し悶々とします。
インドで出会った人々や、習慣とか、
『水』とか『マジの野良犬(寧ろ野犬)』とか、出店の感じとか、
キリがないから適当にしますが、
『この映画の"貧乏"』と、
『私が見た子供達の"貧乏"』は凄く違う気がしました。
私が見たインドの子供達の大半は既に兄弟で働いていたりして、
子供なのに手がヒビ割れて、ゴツゴツの手をしたりしていました。
この映画のように、『都心部に住み』、毎日『綺麗な制服を着て』学校に行ける子達、、、って、果たして何人居るんだろ??
って不思議に思います。
ただ私がインドに居たのも、もう10年以上も前の話しなので、今も同じかどうかは分かりませんが、
正直『根本』は変わっていないと思います。
先ず中国もそうですが、あんなでかい国が、完全に統一出来ることは、不可能だと思います。
貧富の差と、概念もまあ変わっていないと思います。
それに、私がインドに居て強く思ったのが、『未だ根強く残る"男尊女卑"』の思想でした。
とにかくこの考え方が私は嫌で嫌で、
とある家庭の女の子の扱いが余りに酷く、そこの家の人間と口論になりかけた事があります。
ただ私は結局向こうでは『ただの外国人』に過ぎなかった為、かなりの無力感を覚えました。
フィリピンからの留学生だった女の子が、『フィリピンは夜中にちょっと弱い女の子とかが1人で歩いてると◯◯されてる…可哀想だった』とか言ってたし、『警察は助けないし、止めに入ると、コッチがやられちゃうから誰も助けられない』って言ってました。
中国でも北京のちょっと外れは、街灯とかが一切無くて、マジで真っ暗になって、人通りが居ない場所を向こうから誰か来ると、マジで緊張したのを覚えてるし、
日本みたいな治安の良さは通用しないと思います。
『夜中に女性が1人で出歩く』ってのが、インド、中国、フィリピン、、
とにかくほぼ全ての外国で通用するのでしょうか??
多分しないと思います。
この映画は一体何を教えたかったのか??
綺麗なインドでしょうか??
インドの料理はとても美味そうだし、
確かに子供達は皆んな可愛いんだけど、
自分があの時出会った子供たちは皆んなこんな丸々していなかったです。
正直もっと痩せていて、ギョロッとしている子もいました。
ただ日本の子供のように、
『わーん!転んじゃったよ〜泣 お母さ〜ん‼︎泣』ってな弱々しい女の子も、男の子も居なくて、皆んな日本の同年代の子達より、ずっと達観しているような、それでいてひねていない子達が多かったように思います。
自分はムンバイには行った事が無かったので、ニューデリー周辺と、ムンバイがかなり勝手が違っていたら申し訳ありません。
映画だもんな…本当に貧しくて苦労している子達はスポットに上げにくいわな…とか色々思ってしまいましたが、
映画としては好きな映画だと思います。
ただ自分の思い出がフルに邪魔して来ただけです。
ちなみに当時出会った子達に、
『将来の夢とかあるの?』って聞いた時に、
『生きてたい』ってマジで言ってたのを思い出したりしたので、
そっちに心を打たれてしまいました。
皆んなこの映画の子達くらい、本当は裕福であって良いんだよ…って本当に思います。
ところで子供達の中には、ちらほら『シ◯ナー』をやってる子達も居ましたが、コレは何も"インド"だけでは有りません。大概の国で見かけました。
そんな事をひっくるめて思い出した、素晴らしい映画だと思います。。
懐かしかったです。
自分がいた頃とも場所とも全然違うのですが…
また、とにかく私はそれでも『インド』が大好きです。
いつか引退したら永住したいと思うほどです。
『日本とインドorマレーシアどっち住みたい⁇』って言われたら、断然、
『マレーシア次インド』です。
どちらの国も、『日本より物資が無いのに、心が超豊か』って感じです。
日本の特に『新宿』とかは真逆で、
『情報や物資は溢れてるのに、心が皆んな貧しい』と言った、対局にあります。 これが妙に『異常』なんですよ。
一旦身体を壊していなければ、自分は普通に日本は捨てて、海外で暮らしていたと思います。
(色々な国を旅行しましたが、日本は世界で一番『心の病気』に近い国だと思いました。日本ほど『閉鎖的』な国はまず無いと思います汗
取り敢えずどの国も、大抵『向こうから』話しかけて来たりします。実にオープンですよ。)
マレーシアなど、水道の蛇口を捻ったら、水にボウフラが沸いていたのですが、2ヶ月居ると慣れると思います。
ガンジス川の有り得ない『汚なさ(排泄、洗濯、飯炊き、風呂を、全て同じ川で行なっていて、勿論ゴミも半端なく浮いています。)』を見たら、
日本のあらゆる川が、よっぽど世界のあらゆる川より、いかに『神の川』か、身を以て痛感するかと思います。
『公園の蛇口を捻れば、世界一綺麗な水が出る』ってのが、いかに尋常ならざる事か、発展途上国に行けば嫌でも思い知らされるかと思います。
この映画の『食』のシーンは、何故か思い切りそれらを思い起こさせました。
これは、そんなインドの映画なイメージです。
オイルたっぷりの中に刻んだタマネギ?ニンニク?ジュワーっと泡立ったなかに赤い人参?を投入!更に黄色いスパイス、緑のパクチー!
リズムよく作られていく各家庭のお弁当。ライブ感!香ばしいにおいが漂ってきそう!
私はインドは行ったことがないですが、アジアをよく旅していたのでとてもなつかしい。
これだけで見る価値ありました!
お弁当を持ってこれない先生や生徒に、自分の分をわけてくれる先生、生徒、みんな優しいな。
インドの人たちって素敵なんですね。
私が学生の頃、お弁当を忘れた子にみんながすこしずつ、お弁当のフタにおかずを寄付していって
結局その忘れた子の食べる分が一番豪華になってた!ってのを思い出しました(笑)。
ストーリーの唐突生はあるけれど、それもインド映画ならではだと思います。
私は、ちょこちょこ出てくる歌の部分が苦手だったのでそこは飛ばして観ました(ごめんなさい!)。
最後の方の主人公の子の境遇はリアルにつらいところなのですが
それでも色々なものや人によって支えられて、なにより子供自身の良い意味での身軽さで
たくましく生きているんだなぁ
これからもたくましく生きていくんだろうなぁ、この子の将来は明るいぞ!と思わせてくれる
なんとも不思議な、ナイスな映画です。アジア好きには受け入れられるはず!
コメディーの要素も入りながら、人情喜劇ってところ。
インドの子供達の環境を良くしようとした趣旨の映画
そこは、わかったとして。
気になったのはインドの弁当や食事についての扱い。
この映画の中では、弁当を持ってくると言うのが大切な要素で
何段重ねだとか、中身についてもあれやこれやと披露し合っている。
そこで、生活基盤がしっかりしているとか、裕福であるとか、表しているのだろう。
インド映画では
妻が弁当を作る、母が食事を作る
客が来たらご馳走を振る舞うとか
そうしたシーンは多い。
その様子を見て
「はははん、この家は、この人は」と
色んな背景が推察できるのだろうね。
日本も食べれない時代があった。
その時代の日本人なら、もっとスタンリーの気持ちがわかるだろうな。
時々、キリスト教関係の張り紙とか十字架のネックレスをした
教師とか、インドの文化とはかけ離れたものが多く、
インドに何度も行っているものとしては、理解が難しかったです。。。
作中で漢字の悪い男性肥満教師が、他の教師達のお弁当をあてにしたり、子供達のお弁当まであてにするシーンは、お金に困っているわけでもあるまいし、あまりに卑しく不愉快に映りました。
なぜランチタイムに子供達のお弁当を食べるために校内を探し回っていたのか、何が言いたい映画かはさっぱりでしたが、この作品がフィクションで、こんな教師が実在せず良かったです。
レビューの評価のバラつきが気になっていましたが、とても良い作品でした。
生まれた時から恵まれた(権利が保証されている)国で育っていたら理解しにくい内容かと思います。
言葉を選ばずに言うなら大半が”胸糞悪い”内容ですが、それを救うのは友達(子供達)です。
そして勇気ある子供達の行動により救いがもたらされます。
ただ疑問なのは、子供達が声を上げるまでどうして大人達は気付かなかったのか。
声を上げてからも代理の先生は表立って動くことが出来なかった点が不可解です。
大人同士も風通しが悪いことが見て取れます。
それが校長先生が動くことによって180度対応が変わった。
どこからどんな圧力がかかっていたのだろうと勘繰りたくなります。
[ピザ!]もそうですが子供達は偏見も下手な同情もなく常にフラットです。
そして相手のいいところを認め伸ばしてあげようとする。
これこそ親や教育者が見習わなくてはならないところ。
集団の中で浮いた存在であっても必ずその子が輝ける場所がある。
そこに気付けたら救いはあると思います。
気付けないのは大人もまたいろんな縛りがあり過ぎて、そしてやる事が多過ぎて、立ち止まって耳を傾けることが難しいからなのかもしれません。
今の日本の社会にも当てはまる事です。
子供達の力強い目と生き生きとした表情、そしてインド料理が強く印象に残る映画でした。
階級社会 児童から搾取の“含み”を 監督自らベタな悪徳男を演じて訴えます
一点だけ. ほぼ8割がヒンドゥー教徒(カースト制)であり カトリックは2%の少数派
マリア的美人教師が博愛を促す理想✿ 逆読みすると 実情は根深そうです…
鬼ごっこはコミカル✳︎ 昔先生に「君達は給食を食べに来てるの⁉︎」って言われたw
今作観てたら「ハイ そうです!」って言えたなぁ(笑) 食べる楽しみ!
評価は別として、感想程度で述べます。
絶対的な大人とそれに対抗する術を持たない子供達(実行しないだけで優しい子供達なのかも)の友情が目立つ映画。
悪い人間もいればそれ以上に良い人間が主人公の周りに存在している。
物語の前半はコメディ寄りの映画で終盤にお弁当を持って来ない理由が分かると正直胸が熱くなった。
この映画を見て今まで以上に自分で生産できない物は粗末にしないようにと思った。
映画の冒頭でフィクション映画みたいな事を言っていたのでWikiで調べてみたが、撮影の仕方が特殊だった模様。
映画を見る前にWiki見てしまうと結末が載っているので、予備知識無しで見終わって少しでも興味が沸いたら調べてみると良いと思う。