言わずと知れた河合隼雄さんのこの一冊は、本当に素晴らしかったです。いつまでも読み続けていたい、そんな風にも思える稀有な読書体験となりました。
ふんだんに例示しつつ、その上でユング派としての思想体系に沿って論理的に解説される後世であり、古典として読み継がれるにふさわしい作品であることを確信しました。
まず冒頭から、「普遍的影」の叙述に、ハッとさせられました。例えば、飲酒に際して自我を失った時に陥る、理性から離れた衝動や欲望など、日常的な出来事の中で、自己が無尽蔵に制御できるという自身への過大な信頼は今はありませんが、その理由づけや論理、倫理観が本書を読んで整理されたような気がします。
さらに、第3章 影の世界ではエリ•ヴィーゼルの「夜」に対する言及においては、人間存在の心奥にある残虐性や脆弱性の慄然とするような深淵を、まさに「影」との相対化の中でつきつけられました。
終章である第5章では、影との対決、という構図の中で、現代人(当時の)における死生観に言及しています。心理療法による分析が言わば死の体験であるとしたうえで、次のような文章がありました。
「影は自我の死を要請する。それかうまく死と再生の過程として発展する時、そこには人格の成長が認められる。しかしながら、自我の死はそのまま、その人の肉体の死に繋がる時さえある。このような危険性を含んでいるだけに、自我は時に影の方をしに追いやる時がある(中略)
自殺を企図する人や、自殺未遂の人に相対して、我々心理療法家としては、そのひとの身体的な死をあくまで防止しなければならないという仕事と、そのひとの再生につながるものとしての象徴的な死を成就させてやりたい仕事の間のジレンマに追い込まれる。この人の内面的な死の代わりに自殺という実際的な手段をとっている事実が、すでにこの人にとって内界と外界がいかに混同されているかを示している。」
見方によっては非科学的で抽象的、形而上学的視点から個々の臨床心理士の主観に沿って行われた、かなり際どい診療行為が想像されてしまう気がします。また、臨床心理士の職域は精神科医との関係性の中で縮小していると考えられ、さらに、社会システムにおいてもジェンダーや発達障害や不登校問題などの社会的な受け入れが広がった背景を考慮すると、上記の部分は医療という観点からはあまり受け入れられる言明ではないでしょう。ただ、改めて、こうして強調される「影との対決(対話)」は、人間存在としての自我形成においてセネカが「自己との対話」と表現したものと同質の根源的で不可欠なエッセンスであると思います。
あまり上手く表現できませんが。
最後にも一つ抜粋を
「影と真剣に対話する時、我々は影の世界へ半歩踏み込んで行かねばならない。それは自分と関係のない悪の世界ではなく、自分もそれを持っていることを認めねばならない世界であり、それはそれなりの輝きをさえ蔵している。」
ここに真理を感じました。

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影の現象学 (1976年) (叢書・人間の心理) 単行本
英語版
時間と空間を越えて多様な生を演じる人間の心はそのように“影”を所有しているのか。ユング派心理療法家の著者が解き明かす人間の精神世界のドラマ 出版社より
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著者について
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(1928-2007)兵庫県生れ。京大理学部卒。京大教授。
日本のユング派心理学の第一人者であり、臨床心理学者。文化功労者。文化庁長官を務める。独自の視点から日本の文化や社会、日本人の精神構造を考察し続け、物語世界にも造詣が深かった。著書は『昔話と日本人の心』(大佛次郎賞)『明恵 夢を生きる』(新潮学芸賞)『こころの処方箋』『猫だましい』『大人の友情』『心の扉を開く』『縦糸横糸』『泣き虫ハァちゃん』など多数。
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2021年11月28日に日本でレビュー済み
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2021年1月29日に日本でレビュー済み
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著者は本のタイトルは気に入っていなかったそうです (出版社からの要請だった)。確かに「現象学」というと、フッサールのそれを思わせるので、そんな難解なものではないと、あとがきに書かれています。
ただ、夢を中心とした、人の在り方生き方に焦点があるので、現象、という言葉を選んだのでしょう。著者のエッセイほど読みやすくはありませんが、ユング心理学、特に「影」のコンセプトについて知りたい方にはおすすめです。主にそれらの紹介本とも言えますが、著者独自の、日本文化の考察などもあり、より血の通った説明と内容を読みことが出来ます。
ユングはあまり一般向けの本に乗り気でなく、確か後年にようやく一冊出したくらいなので、こういった本は貴重かと思います。ただ、やはりオカルト的、スピリチュアルな要素が強いので、その真髄はユングの死とともに失われたのかもしれません。著者も後年の政治がらみのトラブルや、教育関連の仕事に関して批判もあり、賛否両論なところもユングと似ている気もします。
理論や作者の評判は滅んでも、普遍的なものの見方や考え方が残るように、人生や自分の心の葛藤や分裂を考える上で、役に立つ本だと思います。最終章のユングの奇妙な神、アプラクサス (グノーシス的な、二律背反肯定的な神)のように、科学的妥当性にはやや難がある気もしますが。
ただ、夢を中心とした、人の在り方生き方に焦点があるので、現象、という言葉を選んだのでしょう。著者のエッセイほど読みやすくはありませんが、ユング心理学、特に「影」のコンセプトについて知りたい方にはおすすめです。主にそれらの紹介本とも言えますが、著者独自の、日本文化の考察などもあり、より血の通った説明と内容を読みことが出来ます。
ユングはあまり一般向けの本に乗り気でなく、確か後年にようやく一冊出したくらいなので、こういった本は貴重かと思います。ただ、やはりオカルト的、スピリチュアルな要素が強いので、その真髄はユングの死とともに失われたのかもしれません。著者も後年の政治がらみのトラブルや、教育関連の仕事に関して批判もあり、賛否両論なところもユングと似ている気もします。
理論や作者の評判は滅んでも、普遍的なものの見方や考え方が残るように、人生や自分の心の葛藤や分裂を考える上で、役に立つ本だと思います。最終章のユングの奇妙な神、アプラクサス (グノーシス的な、二律背反肯定的な神)のように、科学的妥当性にはやや難がある気もしますが。
2020年10月31日に日本でレビュー済み
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自分の影の部分を意識できない人、出せない人は他人の影を許せず、教条的になりやすい。他人を許し、自分を許し、高きを目指し、自分の低きを知る。ダークサイドに引き込まれない。そんな時にこの本の内容は多くの気づきを与えてくれる。河合隼雄氏の本の中で一番考えさせられた。
2018年3月15日に日本でレビュー済み
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とても良い本だと思います。
自分の影について、河合先生が言っているように、”できるかぎり自我に統合をはかること”が課題であると思いました。
ハラとロレンスの物語の
「ぼくらは、いつも、手おくれでなければならないのだろうか?」
これはハラとの最後の別れの際、自分の感情のままにハラを抱きしめなかったロレンスの後悔の言葉です。
これに対し河合先生は
”われわれは人間であるかぎり、影を抱きしめるほどの力をもっていないのではないだろうか”
(p289)と書かれていますが、自分の日常の様々な場面のことを思いました。
常識、分別、年相応などが、どのくらい自分の行動を決めてるのか。心のままに生きていることなどほぼないような気もしてきますが、心の要求のままに生きてみても、社会の中で生きている以上、それが幸せに結びつくわけでもない。
しかし、影を無視して得たものに、心が満たされることはきっとないのだろうとも思いました。
第5章に、ギリシャ神話のナルキッソスの話が出てきます。
ニンフのエーコーは自分から話しかけることはできず、相手の言った最後の言葉を繰り返すことしかできない。
ナルキッソスの「あなたのものになるくらいなら、死んだほうがましだ」という言葉に「死んだほうがましだ」とエーコーは繰り返した。
これについて河合先生は、
”私は自閉症の子供たちの反響語のことを想起する。自閉症の子供たちがわれわれの言葉を無表情に繰り返すとき、その内面ではエーコーの愛に匹敵するようなものが動いているのではないだろうか。”
これを読んで涙が出ました。
やはりとても考えさせられる一冊でした。
自分の影について、河合先生が言っているように、”できるかぎり自我に統合をはかること”が課題であると思いました。
ハラとロレンスの物語の
「ぼくらは、いつも、手おくれでなければならないのだろうか?」
これはハラとの最後の別れの際、自分の感情のままにハラを抱きしめなかったロレンスの後悔の言葉です。
これに対し河合先生は
”われわれは人間であるかぎり、影を抱きしめるほどの力をもっていないのではないだろうか”
(p289)と書かれていますが、自分の日常の様々な場面のことを思いました。
常識、分別、年相応などが、どのくらい自分の行動を決めてるのか。心のままに生きていることなどほぼないような気もしてきますが、心の要求のままに生きてみても、社会の中で生きている以上、それが幸せに結びつくわけでもない。
しかし、影を無視して得たものに、心が満たされることはきっとないのだろうとも思いました。
第5章に、ギリシャ神話のナルキッソスの話が出てきます。
ニンフのエーコーは自分から話しかけることはできず、相手の言った最後の言葉を繰り返すことしかできない。
ナルキッソスの「あなたのものになるくらいなら、死んだほうがましだ」という言葉に「死んだほうがましだ」とエーコーは繰り返した。
これについて河合先生は、
”私は自閉症の子供たちの反響語のことを想起する。自閉症の子供たちがわれわれの言葉を無表情に繰り返すとき、その内面ではエーコーの愛に匹敵するようなものが動いているのではないだろうか。”
これを読んで涙が出ました。
やはりとても考えさせられる一冊でした。
2015年4月11日に日本でレビュー済み
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非常にきれいでした。欲しかった本なので、大変満足していますよ。
2011年5月29日に日本でレビュー済み
一見難解な本に見えますが、章ごとに「影」とは何かを日常生活の例を挙げながら深く説明していきます。
あらゆる物事にまとわりつく影という裏の部分は普段無意識化にあるものであるため、
中々これを主題とする本は他にはないのでは。
誰もが読んだ後にモヤモヤが晴れていく感覚を覚えると思います。
巻末で書評をした遠藤周作も同じようなことを言っていましたね。
これを読む事で個人一人一人の物事に対する対峙の仕方が変わってくるかもしれないですね。
お勧めです。
あらゆる物事にまとわりつく影という裏の部分は普段無意識化にあるものであるため、
中々これを主題とする本は他にはないのでは。
誰もが読んだ後にモヤモヤが晴れていく感覚を覚えると思います。
巻末で書評をした遠藤周作も同じようなことを言っていましたね。
これを読む事で個人一人一人の物事に対する対峙の仕方が変わってくるかもしれないですね。
お勧めです。
2019年8月3日に日本でレビュー済み
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影の話で、夢と交差するのですが、いつになく、読みながら村上春樹先生の、ハードボイルドワンダーランドの、影を切り取られる男のファンタジーパートの話がちらついてしょうがない、
端々にこの本の影響があの作品に感じられます。人間の奥の封じられた怖い部分がよく表現されてます。本当に面白かったでふ。
端々にこの本の影響があの作品に感じられます。人間の奥の封じられた怖い部分がよく表現されてます。本当に面白かったでふ。
2017年2月24日に日本でレビュー済み
影は怖いものだとばかり思っていたが、実はこんなにも「私」の入り込んだ、もっとも近しい存在なのだと、驚いた。