かなり分厚いですが、一気に読めてしまいます。
ネタバレになるので詳しくは触れませんが、特に、奨学金制度創設の章と、リクルート事件の章は、再読する度に泣けてきます。
ダイエー傘下に入って、江副氏の影響力がなくなった後でも、1.5兆円の借入を前倒しで返済するリクルートの従業員の力強さ。
あの社訓が社員の中で使われ続けたと言うのも頷けます。
私も会社を経営していますが、一代でこんな従業員を育てる土壌を作った江副氏に、嫉妬せざるを得ません。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥2,000以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
新品:
¥2,420¥2,420 税込
ポイント: 73pt
(3%)
無料配送
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
新品:
¥2,420¥2,420 税込
ポイント: 73pt
(3%)
無料配送
発送元: Amazon.co.jp
販売者: Amazon.co.jp
中古品: ¥892
中古品:
¥892

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
江副浩正 単行本 – 2017/12/19
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥2,420","priceAmount":2420.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"2,420","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"MDQv0uHDpc1gHlXbjvwun2iWBMVEHl8WzFohp12cWw%2FZl%2FuWZHcFSpd2CxbLVXsJUUv4GvVQu3oxe1ODR%2Bb1wr5cvHdYt8P1ORC%2FYPVbq2KES5qOBOyaMcxkfhqmCEKbp54DfyuvArI%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥892","priceAmount":892.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"892","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"MDQv0uHDpc1gHlXbjvwun2iWBMVEHl8WtjG%2BzurnJjaBP4fO8H6s0UrFJvJVGuiUMUfDBcPoGdfM1liGkuluXhDcsXvkJD3NBA4K2KL9n4CSKvmUOoJx50U31NXKEwWYd81HyEQCybn%2F8bWuKNFFGAYGtYXeTdT6bGGDJAAKJcemefYSiodvZA%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ
なぜ彼にだけ見えたのか。
なぜ彼にだけできたのか。
そして、なぜ彼は裁かれたのか。
稀代の起業家「江副浩正の仕事と生涯」正伝
江副浩正の名は、一般にはリクルート事件と併せて語られることが多い。それだけ人々の記憶に深く、あの事件のことが刻まれているということだろう。だが、この鮮烈な記憶が、起業家としての江副浩正の実像を覆い隠し続けてきた。いまだに強烈な逆光によって江副浩正の正体は眩まされ、かつてはメディアが「東大が生んだ戦後最大の起業家」「民間のあばれ馬」と書き立て、いまだに孫正義など多くの実業家から先覚者として称えられる江副の、本当の凄みを理解する者は数少ない。
1989年、リクルート事件で江副は会長職を退任する。その3年後にはリクルート株を売却、完全にリクルートを離れた。それ以来、裁判報道を例外として、江副の名前はマスコミから消えた。2013年2月8日享年76で亡くなるその日まで、江副が何を考えどう生きたのか、それを知る人はほとんどいない。実は、彼はその死の日まで、事業での再びの成功を願いもがいていた。新たな目標を定め、組織をつくり、果敢に挑んでいたのである。起業家の血はたぎり続けていたのだ。
その、江副浩正の実像を明らかにすることが本書の目的である。彼だけが見ていた世界、目指したもの、そこに挑む彼の思考と行動。その中に、私たちを鼓舞し、思考と行動に駆り立てる何かが準備されていると信じるからである。
【江副浩正を信奉する人、薫陶を受けた人】
孫正義、大前研一、澤田秀雄、堀江貴文、藤田晋、井上高志、宇野康秀、江幡哲也、小笹芳央、鎌田和彦、坂本健、島田亨、島田雅文、杉本哲哉、須藤憲司、経沢香保子、廣岡哲也、藤原和博、船津康次、町田公志、村井満、安川秀俊、渡瀬ひろみ など
【目次】
序章 稀代の起業家
第一章 東京駅東北新幹線ホーム
第二章 浩正少年
第三章 東京大学新聞
第四章 「企業への招待」
第五章 素手でのし上った男
第六章 わが師ドラッカー
第七章 西新橋ビル
第八章 リクルートスカラシップ
第九章 安比高原
第十章 「住宅情報」
第十一章 店頭登録
第十二章 江副二号
第十三章 疑惑報道
第十四章 東京特捜部
第十五章 盟友・亀倉雄策
第十六章 リクルートイズム
第十七章 裁判闘争
第十八章 スペースデザイン
第十九章 ラ・ヴォーチェ
第二十章 終戦
第二十一章 遺産
なぜ彼にだけ見えたのか。
なぜ彼にだけできたのか。
そして、なぜ彼は裁かれたのか。
稀代の起業家「江副浩正の仕事と生涯」正伝
江副浩正の名は、一般にはリクルート事件と併せて語られることが多い。それだけ人々の記憶に深く、あの事件のことが刻まれているということだろう。だが、この鮮烈な記憶が、起業家としての江副浩正の実像を覆い隠し続けてきた。いまだに強烈な逆光によって江副浩正の正体は眩まされ、かつてはメディアが「東大が生んだ戦後最大の起業家」「民間のあばれ馬」と書き立て、いまだに孫正義など多くの実業家から先覚者として称えられる江副の、本当の凄みを理解する者は数少ない。
1989年、リクルート事件で江副は会長職を退任する。その3年後にはリクルート株を売却、完全にリクルートを離れた。それ以来、裁判報道を例外として、江副の名前はマスコミから消えた。2013年2月8日享年76で亡くなるその日まで、江副が何を考えどう生きたのか、それを知る人はほとんどいない。実は、彼はその死の日まで、事業での再びの成功を願いもがいていた。新たな目標を定め、組織をつくり、果敢に挑んでいたのである。起業家の血はたぎり続けていたのだ。
その、江副浩正の実像を明らかにすることが本書の目的である。彼だけが見ていた世界、目指したもの、そこに挑む彼の思考と行動。その中に、私たちを鼓舞し、思考と行動に駆り立てる何かが準備されていると信じるからである。
【江副浩正を信奉する人、薫陶を受けた人】
孫正義、大前研一、澤田秀雄、堀江貴文、藤田晋、井上高志、宇野康秀、江幡哲也、小笹芳央、鎌田和彦、坂本健、島田亨、島田雅文、杉本哲哉、須藤憲司、経沢香保子、廣岡哲也、藤原和博、船津康次、町田公志、村井満、安川秀俊、渡瀬ひろみ など
【目次】
序章 稀代の起業家
第一章 東京駅東北新幹線ホーム
第二章 浩正少年
第三章 東京大学新聞
第四章 「企業への招待」
第五章 素手でのし上った男
第六章 わが師ドラッカー
第七章 西新橋ビル
第八章 リクルートスカラシップ
第九章 安比高原
第十章 「住宅情報」
第十一章 店頭登録
第十二章 江副二号
第十三章 疑惑報道
第十四章 東京特捜部
第十五章 盟友・亀倉雄策
第十六章 リクルートイズム
第十七章 裁判闘争
第十八章 スペースデザイン
第十九章 ラ・ヴォーチェ
第二十章 終戦
第二十一章 遺産
- 本の長さ496ページ
- 言語日本語
- 出版社日経BP
- 発売日2017/12/19
- 寸法13.8 x 3.7 x 19.6 cm
- ISBN-104822258688
- ISBN-13978-4822258689
よく一緒に購入されている商品

対象商品: 江副浩正
¥2,420¥2,420
一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。
注文確定後、入荷時期が確定次第、お届け予定日をEメールでお知らせします。万が一、入荷できないことが判明した場合、やむを得ず、ご注文をキャンセルさせていただくことがあります。商品の代金は発送時に請求いたします。
¥2,200¥2,200
最短で3月31日 日曜日のお届け予定です
在庫あり。
¥1,500¥1,500
最短で3月31日 日曜日のお届け予定です
残り1点 ご注文はお早めに
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
出版社からのコメント
ホームページで、「序章:稀代の起業家」「第一章:東京駅東北新幹線ホーム」をお読みいただけます。
http://www.nikkeibp.co.jp/lab/ezoebook/index.html
http://www.nikkeibp.co.jp/lab/ezoebook/index.html
著者について
馬場マコト(ばば まこと)
1947年石川県金沢市生まれ。1970年早稲田大学教育学部卒業。日本リクルートセンター、マッキャン・エリクソン、東急エージェンシー制作局長を経て、1999年より広告企画会社を主宰。JAAA第4回クリエイティブ・オブ・ザ・イヤー特別賞のほか、日本新聞協会賞、ACC話題賞、ロンドン国際広告賞ほか、国内外広告賞を多数受賞。第6回潮ノンフィクション賞優秀作、第50回小説現代新人賞、受賞。著書は、『戦争と広告』(白水社)、『花森安治の青春』(潮文庫)、『朱の記憶 亀倉雄策伝』(日経BP社)ほか多数。
土屋 洋(つちや ひろし)
1946年大阪府豊中市生まれ。大阪大学文学部卒。1970年日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)入社後、採用広告事業、デジタル通信事業、教育研修事業に従事後リクルートスタッフィング監査役、2007年リクルート定年退職。株式会社メンバーズ入社後監査役(2007~2017)。著書は、『採用の実務』(日本経済新聞社)、『新卒採用の実際』(日本経済新聞社)、『人材採用成功実例集』(アーバンプロデュース)、『eラーニング導入ガイド』(共著、東京電機大学出版局)。
1947年石川県金沢市生まれ。1970年早稲田大学教育学部卒業。日本リクルートセンター、マッキャン・エリクソン、東急エージェンシー制作局長を経て、1999年より広告企画会社を主宰。JAAA第4回クリエイティブ・オブ・ザ・イヤー特別賞のほか、日本新聞協会賞、ACC話題賞、ロンドン国際広告賞ほか、国内外広告賞を多数受賞。第6回潮ノンフィクション賞優秀作、第50回小説現代新人賞、受賞。著書は、『戦争と広告』(白水社)、『花森安治の青春』(潮文庫)、『朱の記憶 亀倉雄策伝』(日経BP社)ほか多数。
土屋 洋(つちや ひろし)
1946年大阪府豊中市生まれ。大阪大学文学部卒。1970年日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)入社後、採用広告事業、デジタル通信事業、教育研修事業に従事後リクルートスタッフィング監査役、2007年リクルート定年退職。株式会社メンバーズ入社後監査役(2007~2017)。著書は、『採用の実務』(日本経済新聞社)、『新卒採用の実際』(日本経済新聞社)、『人材採用成功実例集』(アーバンプロデュース)、『eラーニング導入ガイド』(共著、東京電機大学出版局)。
登録情報
- 出版社 : 日経BP (2017/12/19)
- 発売日 : 2017/12/19
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 496ページ
- ISBN-10 : 4822258688
- ISBN-13 : 978-4822258689
- 寸法 : 13.8 x 3.7 x 19.6 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 144,977位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 272位ビジネス人物伝 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2023年8月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2018年1月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
フェイスブックに感想文をあげたところ、御世話になっている方から、ぜひ、アマゾンにもあげたら、ということでしたので、極めて私的な文章なのですが、初めて投稿させていただきます。
--
【江副浩正】
馬場マコト・土屋洋著、日経BP社、2017年
29年前の今日1月8日は中学1年生だった。
そして日曜日だ。
小渕官房長官(当時)が掲げた新元号「平成」を掲げたTVを、毎週日曜日に通っていたテニスクラブのクラブハウスで大人と一緒に見ていたから、その時の周りの風景ともによく覚えている。
そしてこの風景とともに思い出す男の子がいる。
小学校の同級生で、背が高く物静かで勉強ができる男の子だ。
同級生でそのクラブに通っているのは僕達だけだったが、弟想いで、兄ちゃんっていいなぁと思った記憶がある。
彼は有名私立中学に進学し、僕は公立中学に進学したので、卒業後に出会うことはテニスクラブくらいだったが、ごくたまに、違う制服を着てバスに乗っている彼をみかけても、お互いに特に話しかけなかった。それくらいの知り合いでしかなかった。
その彼の父親がリクルートの事件で捕まったらしい、家にマスコミがたくさん押し寄せているらしい、と聞いたのは平成になってからだったという記憶がある。
大手企業に勤めていたが、リクルートに転職して役員を務めていたらしい、などと彼のいない地元の公立中学でも少しの間話題になった。
「リクルート」という会社を身近に感じたのはその時が最初だった。
平成元年のことだ。
それから11年が経ち、一浪して入学した早稲田大学政治経済学部を、更に一年留年して卒業をできる見通しが立った際、卒業後のことを考えてみると「リクルート」なら入ってもいいと生意気にも思った。
一年大学を留年してでもやりたかったことはYOSAKOIソーラン祭りの実行委員で、その時からたくさんの社会人にお世話になったが、「リクルート」の社員がみな抜群に素晴らしかったからだ。「ああいう人達と働きたい」と思わせるものがあったからだ。
3月下旬から就職活動を始めて、リクルートだけ受けて、受かった。
リクルート事件から時代は過ぎて、変わらずに、いやそれ以上にリクルートは人気企業になっていただけにやはり嬉しかった。
内定が決まってしばらくして、銀座の道で偶然に青野さんに出会った。
青野さんはYOSAKOIソーラン祭りの立ち上げから関わってきてくれたお祭りの恩人であり、僕が最初に出会った「リクルートの人」であり、リクルートの採用課長としてたくさんの学生の中で伝説となっていた人であり、そして、あの江副さんの秘書を務めたことがある人でもある。
「こんな人と仕事がしたい」と思った筆頭の人であった、と同時に、在学中ずっとお世話になっている青野さんに「リクルートを受ける」と言えなかった。入社する確率は高くなるかもしれないが、「自分の力で入りたい」と思ったからだ。
立ち話でリクルートに内定をもらったことを報告したら、その時はリクルートの子会社の人事測定研究所に務めていた青野さんからは「あぁ、俺が採用だったら、今のリクルートには誘わなかったかもな。でも、いい会社だから、がんばれよ!」といつもの笑顔で言われた。
入社したリクルートは子会社であるリクルートコスモスとファーストファイナンスの1兆4000億円の負債を抱えて、毎年1000億円以上の返還をしていた。いや、そのために、社員は働いていたとも言えなくない。なんともやり場のない気持ちがあって、あれだけ憧れたリクルートにも結局、2年半しか勤めなかった。いや、それも、うだつの上がらない営業マンにしかなれなかった自分が認められなかったからだと今ならわかる。
当時26歳の自分は環境のせいにしていたのだ。
本書にはその時の経営陣の苦しみが的確に書かれている。そして江副さんもまた自己破産を逃れるために株式をダイエーの中内さんに売却して一線から退いても尚、リクルートの経営に口を出したくなる性が、江副⇒中内へのFAXの文面から伝わってくる。
心身の老いと社会からのパージに涙が耐えない。
何も知らなかった。
その後、30代前半の時に、「江副さんが社長をやっている会社」で働かないか、と誘われたことがある。その方は江副さんのリクルート時代の部下で「一度、江副さんに会ってみたらいいよ。」と気軽に話してくれた。本書にも出てくる「スペースデザイン」という高級賃貸型アパートメントの会社だ。
自分が何者であるのか、悩んでいた時期だけに、躊躇して足が進まなかった。
興味本位ではいけないのだろうとわかっていたし、何か見えない大きさに包まれるような恐れを感じて、会いに行くことを断った。
本書を読んで、江副さんが気に入った電通の社員を引き抜くのに、直接に毎日電話をかけて口説いたというのを読んで、あの時の勘は正しかったと思ったし、同時に、深く後悔もした。自分もまた、社会の一員として江副さんとの距離を取ってしまったのだ。
江副さんのお父さんが高校教師だったり、江副さん自身が幼少期に佐賀市に住んでいたり、立花隆がリクルートの初期の社員だったり、知らなかったことだらけだ。
ソフトバンク社長室に声をかけてくれたのは、その後、孫さんに口説かれてソフトバンクの人事責任者となった青野さん。校長をするかどうか迷っていた時に、「お前の覚悟だよ」と背中を押してくれたのはリクルート出身の日本初の民間人校長藤原和博さん。校長としてのあるべき姿を教わっている女性初の民間人校長の平川理恵さんもリクルート出身。
ソフトバンクの社長室に勤めて1年くらいだったか、孫さんからは「荒井もリクルートにいたのか。そうか。。。」と江副さんとの思い出を語ってくれた。江副さんにもリクルートにも憧れていたんだなと思って嬉しく聞いていた。
その孫さんが、江副さんの裁判に上申書を提出していたことは、あの時話してくれなかった。
リクルートを辞めて久しくも、結局、「リクルート」というものに守られている。
そう、僕は江副さんもあの会社も本当の凄さを何も知らなかった。
−−
リクル ート社員みんなが 、己の高みをめざして 、もっと変わるのだ 。そのための模範を自ら身をもって示そう 。江副は 『現代の経営 』のペ ージの余白に書いては消し 、消しては書いて言葉を並べる 。そしてやがて一行の言葉が 、江副のなかから誕生した 。
「自ら機会を創り出し 、機会によって自らを変えよ 」なかなか刺激的な言葉に自ら満足し 、なんども口に出す 。その言葉を印字した青いプレ ートを作らせると 、自分の机は言うに及ばず 、社員全員の机に自ら一つ一つ置いて回る 。
−−
がらがらの飛行機の中で、本書を読んでいて、涙と鼻水が止まらなくなった。
隣も誰も座っていないし、流れるに任せていたら、キャビンアテンダントが何か呼びかけている。
「荒井校長先生ですよね。わたし、大学生の時の活動でお世話になった◯◯です。」と声をかけてくれて、現実に立ち返った。
平成の29年間、YOSAKOIソーラン祭りとリクルートとソフトバンクと東日本大震災と学校、どれもばらばらに経験してきたことなのに、どこかで深くつながっている。
一人の人間の成功と失敗がこれだけ時代を動かしたことはあったのか。
平成を振り返るにあたっても、リクルートに直接に関係なくても、ぜひ読んでほしい名著。
冒頭に上げた彼とはいつしかテニスクラブでも、バスでも見かけることがなくなった。
でも、間違いなくどこかで頑張っていると信じられる何かを、彼はあの時から持っていた。
#優読書
--
【江副浩正】
馬場マコト・土屋洋著、日経BP社、2017年
29年前の今日1月8日は中学1年生だった。
そして日曜日だ。
小渕官房長官(当時)が掲げた新元号「平成」を掲げたTVを、毎週日曜日に通っていたテニスクラブのクラブハウスで大人と一緒に見ていたから、その時の周りの風景ともによく覚えている。
そしてこの風景とともに思い出す男の子がいる。
小学校の同級生で、背が高く物静かで勉強ができる男の子だ。
同級生でそのクラブに通っているのは僕達だけだったが、弟想いで、兄ちゃんっていいなぁと思った記憶がある。
彼は有名私立中学に進学し、僕は公立中学に進学したので、卒業後に出会うことはテニスクラブくらいだったが、ごくたまに、違う制服を着てバスに乗っている彼をみかけても、お互いに特に話しかけなかった。それくらいの知り合いでしかなかった。
その彼の父親がリクルートの事件で捕まったらしい、家にマスコミがたくさん押し寄せているらしい、と聞いたのは平成になってからだったという記憶がある。
大手企業に勤めていたが、リクルートに転職して役員を務めていたらしい、などと彼のいない地元の公立中学でも少しの間話題になった。
「リクルート」という会社を身近に感じたのはその時が最初だった。
平成元年のことだ。
それから11年が経ち、一浪して入学した早稲田大学政治経済学部を、更に一年留年して卒業をできる見通しが立った際、卒業後のことを考えてみると「リクルート」なら入ってもいいと生意気にも思った。
一年大学を留年してでもやりたかったことはYOSAKOIソーラン祭りの実行委員で、その時からたくさんの社会人にお世話になったが、「リクルート」の社員がみな抜群に素晴らしかったからだ。「ああいう人達と働きたい」と思わせるものがあったからだ。
3月下旬から就職活動を始めて、リクルートだけ受けて、受かった。
リクルート事件から時代は過ぎて、変わらずに、いやそれ以上にリクルートは人気企業になっていただけにやはり嬉しかった。
内定が決まってしばらくして、銀座の道で偶然に青野さんに出会った。
青野さんはYOSAKOIソーラン祭りの立ち上げから関わってきてくれたお祭りの恩人であり、僕が最初に出会った「リクルートの人」であり、リクルートの採用課長としてたくさんの学生の中で伝説となっていた人であり、そして、あの江副さんの秘書を務めたことがある人でもある。
「こんな人と仕事がしたい」と思った筆頭の人であった、と同時に、在学中ずっとお世話になっている青野さんに「リクルートを受ける」と言えなかった。入社する確率は高くなるかもしれないが、「自分の力で入りたい」と思ったからだ。
立ち話でリクルートに内定をもらったことを報告したら、その時はリクルートの子会社の人事測定研究所に務めていた青野さんからは「あぁ、俺が採用だったら、今のリクルートには誘わなかったかもな。でも、いい会社だから、がんばれよ!」といつもの笑顔で言われた。
入社したリクルートは子会社であるリクルートコスモスとファーストファイナンスの1兆4000億円の負債を抱えて、毎年1000億円以上の返還をしていた。いや、そのために、社員は働いていたとも言えなくない。なんともやり場のない気持ちがあって、あれだけ憧れたリクルートにも結局、2年半しか勤めなかった。いや、それも、うだつの上がらない営業マンにしかなれなかった自分が認められなかったからだと今ならわかる。
当時26歳の自分は環境のせいにしていたのだ。
本書にはその時の経営陣の苦しみが的確に書かれている。そして江副さんもまた自己破産を逃れるために株式をダイエーの中内さんに売却して一線から退いても尚、リクルートの経営に口を出したくなる性が、江副⇒中内へのFAXの文面から伝わってくる。
心身の老いと社会からのパージに涙が耐えない。
何も知らなかった。
その後、30代前半の時に、「江副さんが社長をやっている会社」で働かないか、と誘われたことがある。その方は江副さんのリクルート時代の部下で「一度、江副さんに会ってみたらいいよ。」と気軽に話してくれた。本書にも出てくる「スペースデザイン」という高級賃貸型アパートメントの会社だ。
自分が何者であるのか、悩んでいた時期だけに、躊躇して足が進まなかった。
興味本位ではいけないのだろうとわかっていたし、何か見えない大きさに包まれるような恐れを感じて、会いに行くことを断った。
本書を読んで、江副さんが気に入った電通の社員を引き抜くのに、直接に毎日電話をかけて口説いたというのを読んで、あの時の勘は正しかったと思ったし、同時に、深く後悔もした。自分もまた、社会の一員として江副さんとの距離を取ってしまったのだ。
江副さんのお父さんが高校教師だったり、江副さん自身が幼少期に佐賀市に住んでいたり、立花隆がリクルートの初期の社員だったり、知らなかったことだらけだ。
ソフトバンク社長室に声をかけてくれたのは、その後、孫さんに口説かれてソフトバンクの人事責任者となった青野さん。校長をするかどうか迷っていた時に、「お前の覚悟だよ」と背中を押してくれたのはリクルート出身の日本初の民間人校長藤原和博さん。校長としてのあるべき姿を教わっている女性初の民間人校長の平川理恵さんもリクルート出身。
ソフトバンクの社長室に勤めて1年くらいだったか、孫さんからは「荒井もリクルートにいたのか。そうか。。。」と江副さんとの思い出を語ってくれた。江副さんにもリクルートにも憧れていたんだなと思って嬉しく聞いていた。
その孫さんが、江副さんの裁判に上申書を提出していたことは、あの時話してくれなかった。
リクルートを辞めて久しくも、結局、「リクルート」というものに守られている。
そう、僕は江副さんもあの会社も本当の凄さを何も知らなかった。
−−
リクル ート社員みんなが 、己の高みをめざして 、もっと変わるのだ 。そのための模範を自ら身をもって示そう 。江副は 『現代の経営 』のペ ージの余白に書いては消し 、消しては書いて言葉を並べる 。そしてやがて一行の言葉が 、江副のなかから誕生した 。
「自ら機会を創り出し 、機会によって自らを変えよ 」なかなか刺激的な言葉に自ら満足し 、なんども口に出す 。その言葉を印字した青いプレ ートを作らせると 、自分の机は言うに及ばず 、社員全員の机に自ら一つ一つ置いて回る 。
−−
がらがらの飛行機の中で、本書を読んでいて、涙と鼻水が止まらなくなった。
隣も誰も座っていないし、流れるに任せていたら、キャビンアテンダントが何か呼びかけている。
「荒井校長先生ですよね。わたし、大学生の時の活動でお世話になった◯◯です。」と声をかけてくれて、現実に立ち返った。
平成の29年間、YOSAKOIソーラン祭りとリクルートとソフトバンクと東日本大震災と学校、どれもばらばらに経験してきたことなのに、どこかで深くつながっている。
一人の人間の成功と失敗がこれだけ時代を動かしたことはあったのか。
平成を振り返るにあたっても、リクルートに直接に関係なくても、ぜひ読んでほしい名著。
冒頭に上げた彼とはいつしかテニスクラブでも、バスでも見かけることがなくなった。
でも、間違いなくどこかで頑張っていると信じられる何かを、彼はあの時から持っていた。
#優読書
2022年7月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
良い本です
2021年11月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
江副さんは、東大教育心理学科の先輩で、本書に登場する、佐治守夫、井上健治、芝祐順の諸先生に、私もお世話になった。佐治さんが長老、井上さんが学生の父親、助手は兄貴、院生は兄姉のような家庭的で、自由な気風の学科だった。「先生」に、敬愛を込め、「さん」を使っていたが、江副さんもリクルートで、「さん」で呼び合うようにしていたと本書で知った。些細なことのようだが、呼び方は、企業や場の「風土」をつくる。
芝さんが、アメリカの「キャリア」誌を江副さんに紹介し、リクルート発展のもとになるインスピレーションを与えた話は有名である。しかし、井上さんが、「早くから採用時の心理テストの開発に関わり、リクルートの人事教育事業の根幹を作った」ことは、本書で初めて具体的に知った。創業時の熱い情熱、多様な個性が集まり、情報収集し先を読み、ゼロから考え企画し、興し創ってゆく醍醐味、━苦難と試練を皆で力を合わせ乗り越え、成長の機会に変えてゆく、しなやかさ、粘り強さ、智慧もまた、日本の経営に、今もこれからも求められる資質と実践の宝庫だろう。
リクルート事件が起き、井上さんまで、写真週刊誌に追われていた時期のことである。同窓生で集まる機会があり、誰言うこともなく、井上さんに会いに行こう、となり、連絡もせず、東大の研究室に押しかけたことがある。かつての教え子たちの突然の訪問に、満面の笑顔で喜び迎えて下さった。事件のことはみな知っている。井上さんの気持ちも察せられる。それには一切触れない。一人ひとりに近況を聴き、懐かしく言葉を交わす。私たちは冗談を言い合い、笑いながら、ただ再会を喜び合った。最後に、精一杯の想いを込め、「いつまでも、お元気で」と言うと、「有り難う」━と応えられた、目と言葉に想いのすべてが溢れていた。本書を通し事件の全貌を知り、善意と意図を誤解され、利用されて、井上さんも、江副さんも、いかに悔しく無念でならなかったかと思わずにはおれなかった。
失敗が、成功のもとならば、成功には、失敗のもとがある。その根は、人の「心」にある。古今東西、歴史上の人物の興亡をみれば、興から亡に転じる、強みの陰に隠れていた弱みが露わになる時がある。謙虚から傲慢へ、判断と行動の中心をエゴが支配し、猛り狂う。時流に乗り、思い通りに道が開かれる絶頂で、破綻が起きる。本書「第十二章 江副二号」は、江副さんが身をもって教えてくれた、若い実業家・リーダーたちへの「戒め」であり、智慧の結晶と言える。NECの関本忠弘社長(当時)が、江副さんを料亭に招待された折、出されたものが嫌で換えさせたことと関本さんの忠告は、後の事件を予感させて胸が痛む。
興亡の法則は、戦国の信長にも当てはまる。自らを「神」の位置において狂気に駆られていった信長は、光秀に止められた。が、新しい時代を開く意味で、信長が果たした役割は大きい。江副さんも、弱点を抱えながら、企業家として新しい世界を開いた業績は鮮烈で、今なお多くの企業家を魅了してやまない理由がある。個人から、さらに時代・世界のレベルまで意味を掘り下げ、初めて人物や集団の成した歴史的な業績の意義が明らかになるのだろう。今後、本書から、さらに深く、江副さんたちが成したことと時代・世界との関りを掘り下げて描くノンフィクションが現れることを期待したい。
江副さんが、ドラッカーを師と仰ぎ、徹底して実践していたこと━これまで読んだ、ドラッカーを実践したという経営者のどの事例より、鮮烈に挑戦していた事実がつぶさに分かった。ドラッカーの経営思想に関心のある方にも、ぜひ本書をお薦めしたい。創業時の江副さんの「顧客」に対する気持ち、情熱には偽りのない真情が溢れている。ドラッカーが言う顧客の意味の核心、社会貢献の真意を理解し、それを事業に展開、実際役に立つ結果まで出した江副さんの業績は、今後も後に続く経営者たちに指針となる光を投げかけるだろう。今、多くの大学生が、卒業時に奨学金という借金を背負って社会に出る日本、━江副育英会は、返済義務のない奨学金を出し続けてきた。日本は、昔から教育立国である。国の教育費を削減してきた愚策を改め、教育に懸けるように、国も社会も、江副さんから学ぶべきであろう。
幸福と悲惨、天国と地獄、光と闇を味わい、初めて人として成長し、陰翳深い豊かな人生が結晶するのだろう。子供の頃と晩年の江副さんと実の母との出会いに、感動した。できるかぎり多くの情報を集め、読者が現場を体験しているかのように、あるがままの事実を伝える━江副さんに対する著者の敬愛が全篇を貫き、作品を一つにまとめ上げる力となっている。ゲーテの言葉、「人は、愛した分だけしか知ることはできない」。江副浩正とは何者か、経営とは、リーダーとは、━深く理解したいと願われる方にお薦めしたい。
芝さんが、アメリカの「キャリア」誌を江副さんに紹介し、リクルート発展のもとになるインスピレーションを与えた話は有名である。しかし、井上さんが、「早くから採用時の心理テストの開発に関わり、リクルートの人事教育事業の根幹を作った」ことは、本書で初めて具体的に知った。創業時の熱い情熱、多様な個性が集まり、情報収集し先を読み、ゼロから考え企画し、興し創ってゆく醍醐味、━苦難と試練を皆で力を合わせ乗り越え、成長の機会に変えてゆく、しなやかさ、粘り強さ、智慧もまた、日本の経営に、今もこれからも求められる資質と実践の宝庫だろう。
リクルート事件が起き、井上さんまで、写真週刊誌に追われていた時期のことである。同窓生で集まる機会があり、誰言うこともなく、井上さんに会いに行こう、となり、連絡もせず、東大の研究室に押しかけたことがある。かつての教え子たちの突然の訪問に、満面の笑顔で喜び迎えて下さった。事件のことはみな知っている。井上さんの気持ちも察せられる。それには一切触れない。一人ひとりに近況を聴き、懐かしく言葉を交わす。私たちは冗談を言い合い、笑いながら、ただ再会を喜び合った。最後に、精一杯の想いを込め、「いつまでも、お元気で」と言うと、「有り難う」━と応えられた、目と言葉に想いのすべてが溢れていた。本書を通し事件の全貌を知り、善意と意図を誤解され、利用されて、井上さんも、江副さんも、いかに悔しく無念でならなかったかと思わずにはおれなかった。
失敗が、成功のもとならば、成功には、失敗のもとがある。その根は、人の「心」にある。古今東西、歴史上の人物の興亡をみれば、興から亡に転じる、強みの陰に隠れていた弱みが露わになる時がある。謙虚から傲慢へ、判断と行動の中心をエゴが支配し、猛り狂う。時流に乗り、思い通りに道が開かれる絶頂で、破綻が起きる。本書「第十二章 江副二号」は、江副さんが身をもって教えてくれた、若い実業家・リーダーたちへの「戒め」であり、智慧の結晶と言える。NECの関本忠弘社長(当時)が、江副さんを料亭に招待された折、出されたものが嫌で換えさせたことと関本さんの忠告は、後の事件を予感させて胸が痛む。
興亡の法則は、戦国の信長にも当てはまる。自らを「神」の位置において狂気に駆られていった信長は、光秀に止められた。が、新しい時代を開く意味で、信長が果たした役割は大きい。江副さんも、弱点を抱えながら、企業家として新しい世界を開いた業績は鮮烈で、今なお多くの企業家を魅了してやまない理由がある。個人から、さらに時代・世界のレベルまで意味を掘り下げ、初めて人物や集団の成した歴史的な業績の意義が明らかになるのだろう。今後、本書から、さらに深く、江副さんたちが成したことと時代・世界との関りを掘り下げて描くノンフィクションが現れることを期待したい。
江副さんが、ドラッカーを師と仰ぎ、徹底して実践していたこと━これまで読んだ、ドラッカーを実践したという経営者のどの事例より、鮮烈に挑戦していた事実がつぶさに分かった。ドラッカーの経営思想に関心のある方にも、ぜひ本書をお薦めしたい。創業時の江副さんの「顧客」に対する気持ち、情熱には偽りのない真情が溢れている。ドラッカーが言う顧客の意味の核心、社会貢献の真意を理解し、それを事業に展開、実際役に立つ結果まで出した江副さんの業績は、今後も後に続く経営者たちに指針となる光を投げかけるだろう。今、多くの大学生が、卒業時に奨学金という借金を背負って社会に出る日本、━江副育英会は、返済義務のない奨学金を出し続けてきた。日本は、昔から教育立国である。国の教育費を削減してきた愚策を改め、教育に懸けるように、国も社会も、江副さんから学ぶべきであろう。
幸福と悲惨、天国と地獄、光と闇を味わい、初めて人として成長し、陰翳深い豊かな人生が結晶するのだろう。子供の頃と晩年の江副さんと実の母との出会いに、感動した。できるかぎり多くの情報を集め、読者が現場を体験しているかのように、あるがままの事実を伝える━江副さんに対する著者の敬愛が全篇を貫き、作品を一つにまとめ上げる力となっている。ゲーテの言葉、「人は、愛した分だけしか知ることはできない」。江副浩正とは何者か、経営とは、リーダーとは、━深く理解したいと願われる方にお薦めしたい。
2020年10月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
江副浩正の圧倒的にすごい人生を丁寧にまとめた良書。大概の経済小説よりよっぽど引き込まれる。
こんなスケールの大きな事業家はもっと評価されるべき。昭和前半の松下の松下幸之助、ソニーの井深大・盛田昭夫、ホンダの本田宗一郎につづく、昭和後期の稀代の創業者と言えるだろう。
本書によると晩年のリクルート事件は政治家たちの政争、思惑もあり、必ずしも江副の罪だけではなかったようだ。江副の事業家生命が50歳そこそこで終わってしまったのは、残念なことだ。この事件がなく江副が活躍し続けたら、日本の経済界。失われた30年はどうなっていたのだろう。
「リクルートの経営理念とモットー十章」は、他の国内外の成功企業と合い通ずる部分が多々ある。その中でも自分が最も感銘・共感したのは、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」。本書ではこのように解説がある。人は、上司に恵まれていない、チャンスに恵まれていないと思いがちである。だが、自らの業績は上司の指示によるものではない。チャンスもまた自ら掴むのものである。業績への機会や全ての人に平等である。高い業績は、それを達成する執着心をその人が持ち続けるか否かにかかってかかっている。業績達成への能力は、上司に育ててもらうのではなく、自らの努力によって自らを育てていくものである。個人的には「達成する執着心を持ち続ける」が最も重要かつ難しく、努力しないといけないと常々感じている。
また、リクルートのマネージャーに送る十章」にもとても共感するものがあった。
事業あるいは個人が危機的な状況に置かれたときに、イノベーションは行われやすい。ピンチを迎えた時、人は時間を忘れ、それまでの常識から離れて、現状のピンチを打開しようとする。そのような時に、普段には出ない発想が生まれ、イノベーションが行われる。人は苦しくなると、とかく立ち止まりがちになる。自ら変ずることは辛くて苦しい。だが、立ち止まっていると、やがて自滅していく。自らを変えれば、新しい道が開ける。私自身も「自ら変ずることは辛くて苦しい」そして面倒と思うが、継続的に少しでも変化し続けることが進化につながると信じている。
上記2つを総合すると私の信条とかなり近く、以下のようにまとめることができる。「常に変化(=改善)し続けることを厭わず、達成(成長)する執着心(情熱)を持ち続けることが事業の進化、自らの成長につながる」。
こんなスケールの大きな事業家はもっと評価されるべき。昭和前半の松下の松下幸之助、ソニーの井深大・盛田昭夫、ホンダの本田宗一郎につづく、昭和後期の稀代の創業者と言えるだろう。
本書によると晩年のリクルート事件は政治家たちの政争、思惑もあり、必ずしも江副の罪だけではなかったようだ。江副の事業家生命が50歳そこそこで終わってしまったのは、残念なことだ。この事件がなく江副が活躍し続けたら、日本の経済界。失われた30年はどうなっていたのだろう。
「リクルートの経営理念とモットー十章」は、他の国内外の成功企業と合い通ずる部分が多々ある。その中でも自分が最も感銘・共感したのは、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」。本書ではこのように解説がある。人は、上司に恵まれていない、チャンスに恵まれていないと思いがちである。だが、自らの業績は上司の指示によるものではない。チャンスもまた自ら掴むのものである。業績への機会や全ての人に平等である。高い業績は、それを達成する執着心をその人が持ち続けるか否かにかかってかかっている。業績達成への能力は、上司に育ててもらうのではなく、自らの努力によって自らを育てていくものである。個人的には「達成する執着心を持ち続ける」が最も重要かつ難しく、努力しないといけないと常々感じている。
また、リクルートのマネージャーに送る十章」にもとても共感するものがあった。
事業あるいは個人が危機的な状況に置かれたときに、イノベーションは行われやすい。ピンチを迎えた時、人は時間を忘れ、それまでの常識から離れて、現状のピンチを打開しようとする。そのような時に、普段には出ない発想が生まれ、イノベーションが行われる。人は苦しくなると、とかく立ち止まりがちになる。自ら変ずることは辛くて苦しい。だが、立ち止まっていると、やがて自滅していく。自らを変えれば、新しい道が開ける。私自身も「自ら変ずることは辛くて苦しい」そして面倒と思うが、継続的に少しでも変化し続けることが進化につながると信じている。
上記2つを総合すると私の信条とかなり近く、以下のようにまとめることができる。「常に変化(=改善)し続けることを厭わず、達成(成長)する執着心(情熱)を持ち続けることが事業の進化、自らの成長につながる」。