南アフリカ出身で、2010年に16歳でヨーロッパ各地を放浪、その後はベルリンに居を定めたアリス・フィービー・ルー。つねに歌を直接人々に届けたいとのポリシーから、今もベルリンで街頭演奏を続けている。このCDは、そんな彼女の1stCD(2016)にボーナストラックを加えて発売された、初来日記念盤。
ジャズヴォーカルとアシッドフォークの中間のような独特の歌声とサウンドも素晴らしいのだが、このアーティストの核心はやはりその活動形態にあると思う。私が持っているのはこのCDのオリジナル盤だが、レーベル名や製品番号は一切記されていない。包装ビニールのうえにバーコードのシールが貼られていたのと、デジパックの表紙裏側に「P&C 2016 Alice Phoebe Lou」と書いてある、それだけ。完全自家製の粗末な作りの自主盤にレーベル名・製品番号が書いていないケースはよくあるが、デザイン等の製品プロダクションがここまで完璧なのにレーベル名・製品番号が一切ないCDというのは、私は他に見たことがない。ここには間違いなく、インディーズでさえも完全に市場原理に取り込まれてしまっている現在の音楽流通シーンへの一つの反論がある。そしてこの姿勢は、どんなに有名になっても街頭演奏を続け、このCD以外の音源はすべてネット発信のみという彼女の活動全体を貫いている。
彼女のこうした姿勢は、その歌詞=メッセージにもはっきり表れている。本CDのクライマックスになっている「Orbit」の歌詞「この狂った社会で、ただの機械になり下がりたいの?/石を手に取れ/舵は自分の手に握るんだ/私たちを拘束する鎖の存在など忘れてしまえ/そんなものは、最初から存在しないのだから」はその典型だろう。
ここにあるのは、Occupy運動やアラブの春(の失敗)を通過した現在の世界で、どうしたら希望を歌い、コミュニケーションすることができるのかという、一人のアーティストの真摯な模索であるはずだ。この日本盤が特定のレーベルから発売されることによって、「洋楽」商品の一つとして消費されるのみで終わることのないよう、祈りたい。