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使徒的勧告 喜びに喜べ――現代世界における聖性 単行本 – 2018/10/2
教皇フランシスコ
(著),
カトリック中央協議会事務局
(翻訳)
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主からすべてのキリスト者へと向けられた、聖性への招きの考察。秘跡、犠牲、信心業といった、過去の多くの書で説かれる聖化の手段を反復するのではなく、一人ひとりが日常生活の中で、神と隣人への愛によって歩む聖性の道を説く。
- 本の長さ144ページ
- 言語日本語
- 出版社カトリック中央協議会
- 発売日2018/10/2
- 寸法13.2 x 1.6 x 19.5 cm
- ISBN-104877502130
- ISBN-13978-4877502133
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登録情報
- 出版社 : カトリック中央協議会 (2018/10/2)
- 発売日 : 2018/10/2
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 144ページ
- ISBN-10 : 4877502130
- ISBN-13 : 978-4877502133
- 寸法 : 13.2 x 1.6 x 19.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 79,803位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 11位教会
- - 135位キリスト教一般関連書籍
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2019年10月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
さらっと読んではいけません。読んで感じて飲み込んで。もう一度読み込んで。なかなか進みません。でも、寝る前に手をのばしてしまう、そんな本です。
2019年1月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
聖人のように生きたいと思う人にはとても良書です。
一番印象に残った言葉は、「聖なる人とは、喜びと、ユーモアのセンスをもって生きることのできる人」、「不機嫌なのは聖なる人ではない証拠」です。
ユーモアのセンスを磨き、不機嫌になっているときにはこれを思い出して、日々を送りたいと思いました。
一番印象に残った言葉は、「聖なる人とは、喜びと、ユーモアのセンスをもって生きることのできる人」、「不機嫌なのは聖なる人ではない証拠」です。
ユーモアのセンスを磨き、不機嫌になっているときにはこれを思い出して、日々を送りたいと思いました。
2019年6月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
思った通り、素晴らしいおほんでした。大事に何度も読みたいです。
2021年2月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
菊池功大司教様のお話になる説教から興味を持ちました。
2019年11月24日に日本でレビュー済み
キリスト教徒1年生です。
私は前職でパワハラに遭い、社交不安障害が酷くなり、数年社会復帰ができずにいます。しかし禅、スピリチュアル、仏教と、求道者をしまして、心の安らぎ、心の強い芯を求めてきて、キリスト教という安らぎと強さの信仰に落ち着けました。
私は自閉症スペクトラムと社交不安障害があり、無闇に教会に混ざりに行くのが怖く、独学を進めています。いずれはプロテスタントの教会で洗礼を受けたいと思っています。
前置きが長くなりました。この本は、新約聖書と一緒に買った、私にとって最初の2冊のキリスト教の本の一冊です。
キリスト教、イエス・キリストが山上で説いた福音が、シャープかつ有機的にまとめて解説されています。
使徒的勧告という本書のタイトルの冠のとおり、まさに、真のキリスト者として生きるということは、何を心がけていることか、何んな心を抱いているのが正しき道なのか、しっかりはっきりと示されています。
またキリスト教を学ぶ中で陥ってしまいがちな「グノーシス主義」「ペラギウス主義」の愚かさ、間違っている点も明確に語られています。その章も、それに踏み外さないことの素晴らしい心の尊さを感じさせてくれる素晴らしい章でした。
レビューなので全ての章について触れたいところですが、
恥ずかしながらまだ最後まで読み切れておりません。
まだ半分まで精読できたところです。
しかしながら、それでもこの本が示してくれる生き方の尊さ、2つの罠に誤らない大切さをはっきりさせてくれた内容だけでも、とても素晴らしい本です。
これが税込み1000円切る価格でいただけたというのは、本当に幸いです。
最後まで精読できたときには、レビューを書き足したいと思います。現時点で十分★5つの満点しか出せない一冊です。なんと素晴らしい本をまとめてくださったのだろうかと、心が震えます。フランシスコ教皇は素晴らしい方ですね。
私はこの本で完全に彼の素晴らしさを感じたので、今後彼の本を全て読んでいくつもりです。ルター派プロテスタントなのに。(笑)
是非すべてのクリスチャンの方に一読していただきたい本です。迷いがなくなるでしょう。道、歩みの尊さがわかるでしょう。
この本をまとめてくれたフランシスコ教皇、訳者の方に、祝福を贈ります。そして何より感謝致します。
私がずっと読み続けるだろう一冊です。
私は前職でパワハラに遭い、社交不安障害が酷くなり、数年社会復帰ができずにいます。しかし禅、スピリチュアル、仏教と、求道者をしまして、心の安らぎ、心の強い芯を求めてきて、キリスト教という安らぎと強さの信仰に落ち着けました。
私は自閉症スペクトラムと社交不安障害があり、無闇に教会に混ざりに行くのが怖く、独学を進めています。いずれはプロテスタントの教会で洗礼を受けたいと思っています。
前置きが長くなりました。この本は、新約聖書と一緒に買った、私にとって最初の2冊のキリスト教の本の一冊です。
キリスト教、イエス・キリストが山上で説いた福音が、シャープかつ有機的にまとめて解説されています。
使徒的勧告という本書のタイトルの冠のとおり、まさに、真のキリスト者として生きるということは、何を心がけていることか、何んな心を抱いているのが正しき道なのか、しっかりはっきりと示されています。
またキリスト教を学ぶ中で陥ってしまいがちな「グノーシス主義」「ペラギウス主義」の愚かさ、間違っている点も明確に語られています。その章も、それに踏み外さないことの素晴らしい心の尊さを感じさせてくれる素晴らしい章でした。
レビューなので全ての章について触れたいところですが、
恥ずかしながらまだ最後まで読み切れておりません。
まだ半分まで精読できたところです。
しかしながら、それでもこの本が示してくれる生き方の尊さ、2つの罠に誤らない大切さをはっきりさせてくれた内容だけでも、とても素晴らしい本です。
これが税込み1000円切る価格でいただけたというのは、本当に幸いです。
最後まで精読できたときには、レビューを書き足したいと思います。現時点で十分★5つの満点しか出せない一冊です。なんと素晴らしい本をまとめてくださったのだろうかと、心が震えます。フランシスコ教皇は素晴らしい方ですね。
私はこの本で完全に彼の素晴らしさを感じたので、今後彼の本を全て読んでいくつもりです。ルター派プロテスタントなのに。(笑)
是非すべてのクリスチャンの方に一読していただきたい本です。迷いがなくなるでしょう。道、歩みの尊さがわかるでしょう。
この本をまとめてくれたフランシスコ教皇、訳者の方に、祝福を贈ります。そして何より感謝致します。
私がずっと読み続けるだろう一冊です。
2019年2月14日に日本でレビュー済み
◆ 76ページ
物事をあるがままに見て、痛みや悲しみを自分のことのように受け止め、心から涙を流す人は、人生の深さに触れ、真の喜びを得ることができます。
◆ 26ページ
静寂を好んで他者との関わりを避け、くつろぎを望んで行動を拒み、祈ることを求めて業務への従事を低く見ることは、健全なことではありません。
◆ 36ページ
危険な勘違い・・・・・それは、何かを知っているとか、定められた論理でそれを説明することができるという理由から、自分はもう聖なる者で、完璧で、無知な大衆より優れていると信じ込むことです。
◆ 92ページ
わたしたちは皆もろい者ですが、宝の運搬人です。宝がわたしたちを大きくし、それを手にした人をよりよい者に、幸福にしてくれるのです。
◆ 86ページ
聖なる人とは、喜びとユーモアのセンスを生きることのできる人です。
・・・・・不機嫌なのは、聖なる人ではない証拠です。(88ページ)
わたしが個人的に心に染みた箇所を列挙してみました。万人におすすめしたいです。
物事をあるがままに見て、痛みや悲しみを自分のことのように受け止め、心から涙を流す人は、人生の深さに触れ、真の喜びを得ることができます。
◆ 26ページ
静寂を好んで他者との関わりを避け、くつろぎを望んで行動を拒み、祈ることを求めて業務への従事を低く見ることは、健全なことではありません。
◆ 36ページ
危険な勘違い・・・・・それは、何かを知っているとか、定められた論理でそれを説明することができるという理由から、自分はもう聖なる者で、完璧で、無知な大衆より優れていると信じ込むことです。
◆ 92ページ
わたしたちは皆もろい者ですが、宝の運搬人です。宝がわたしたちを大きくし、それを手にした人をよりよい者に、幸福にしてくれるのです。
◆ 86ページ
聖なる人とは、喜びとユーモアのセンスを生きることのできる人です。
・・・・・不機嫌なのは、聖なる人ではない証拠です。(88ページ)
わたしが個人的に心に染みた箇所を列挙してみました。万人におすすめしたいです。
2020年1月30日に日本でレビュー済み
新約聖書の中でも有名な個所に「心の貧しい人は幸いである」という個所がありますが、本書ではこの聖書にかかれてある九つの「幸い(Beatitudes)」、中国語では縁起を担いで「真福八端」と言われている内容についてフランシスコ教皇が分かりやすく説明しています。日本ではカトリック系の聖書の勉強会などでも、「この真福八端は古い契約であるユダヤ教の律法に対抗した、キリスト教の新しい価値観」と結論付けてしまうことがまだまだ多いようですが、実は現在の名誉教皇のベネディクト16世もこの「真福八端」について「旧約聖書の律法に対立するキリスト教の精選された倫理の教えと見做すのは、イエスの言葉を誤解することだ」としているとおり、実はこれほど私たち一般のカトリック教徒の中でも誤解されて広まっている教えもないかもしれません。フランシスコ教皇は単に神学的な話に留まらず、これを受け止めてどうしなくてはならないのかについて本書で語っています。私たちカトリック教徒は気づけばとりあえず日曜日にミサに行っているかどうかが最も大事な倫理の基準になってしまっていることが多々ありますが、フランシスコ教皇は本書にて聖トマス・アクィナスの言葉を借りてこう語ります。「神への愛を示す最良の行動は何か。礼拝よりも他者に対するいつくしみのわざだ」と。また続けて礼拝と言うものはむしろ「自分の為であって、神ご自身のためではない」と厳しく指摘します。教会を一歩出て人に役立つことをすることこそ大事だと公式に勧告しています。日本ではもともとキリスト教とは関係なく、一般の方のボランティア活動も盛んですが、日曜日に教会に閉じこもって社会に向けては何もしないでいるよりも、そうしたボランティア活動をしたり、そこまではいかなくとも家族の介護をしたり、今日は少し長めに家族の話を聞いてみようとか、身近な人を大事にする行いこそが、イエスが求められている姿というのは理にかなっていると思いました。
以前マザーテレサが亡くなる少し前、横浜の山手に来られて講演をされようとしていたことがありました。しかし体調を崩された為に中止となり、しばらくして亡くなられました。マザーテレサは様々なところで「自らが痛みを伴う愛を行いなさい」と仰っていました。現代は痛みを伴なわない「愛」らしきものが氾濫していると。教会から一歩出て、人に尽くしてそうしてやがて自分も心身共に疲れ果て、心もボロボロになった時にふと「心の貧しい人は幸いである。天の国はその人のもの。」という聖句と出会う。そのときにやっとこの言葉を福音として真に心から理解できるようになるのかもしれません。
以前マザーテレサが亡くなる少し前、横浜の山手に来られて講演をされようとしていたことがありました。しかし体調を崩された為に中止となり、しばらくして亡くなられました。マザーテレサは様々なところで「自らが痛みを伴う愛を行いなさい」と仰っていました。現代は痛みを伴なわない「愛」らしきものが氾濫していると。教会から一歩出て、人に尽くしてそうしてやがて自分も心身共に疲れ果て、心もボロボロになった時にふと「心の貧しい人は幸いである。天の国はその人のもの。」という聖句と出会う。そのときにやっとこの言葉を福音として真に心から理解できるようになるのかもしれません。
2018年12月3日に日本でレビュー済み
すごく分かりやすいです。
誰でも聖なる者になるように招かれていて、その具体的な方法が書いてあります。
カトリック歴浅いのですが、大変読みやすいです。
誰でも聖なる者になるように招かれていて、その具体的な方法が書いてあります。
カトリック歴浅いのですが、大変読みやすいです。