私も印刷の営業を生業にしている人間として、文字感覚というものを久しく忘れていた。この本は、フォント(書体)を紹介した本であるが、著者の書きっぷりが独特で、かつどこで使われているかを交えて紹介することと、その文字の佇(たたず)まいや、フォントの出来た背景までをさらりと説明もなされる。そうだ、フォントにも歴史があったことを思い出してくれた本だった。
私も仕事柄、フォント一覧などは持っているが、著者の言う通り、どれも同じ内容をフォントだけを変えて羅列されているだけなので、文字内容や文脈によっての適正を測るには誠に使い勝手が悪い。
「危ない」という文字でも、「新聞特太ゴシック」と、「アンチック大見出し」では随分と違う印象になる。「タイポス」になると香辛料の様な(著者曰く)感じになる。
こういう書体の佇まいには「正解」というものがない。それは著者の言う様に、その書体の思い出や出会い、そして常日頃出会う本や新聞、雑誌などから飛び込む文字「情報」から来る「文化」という潮流から伺えるものなので、小中学などで教科書で眺める書体についても出版社によって違うのはDTPが導入される前は当然だった。著者は「光村教科書体」に愛着があった様だが、私の場合は写研の「石井太教科書体」や「石井中教科書体」の方が懐かしさがある。これは一口教科書といっても教科書を供給する出版社と学校側のシェアによって起こるものなので、それとなく歴史によって書体の印象も意識付けをなされていることに気づくはずだ。
書体にも歴史がある。それはグーテンベルクが印刷機で聖書を普及してから、書体はどんどんと改良をなされた。活版からやがてDTPへ移ってからは、モリサワはいち早くデジタル化を進めた。そして今まで保守的にデジタル化をしなかった故に、トップシェアだった写研の書体は逆にシェアを奪われてしまった。
現状、DTPで一般的に使用されているイラストレーターにはデフォルトで入っている、モリサワ書体(全てではないが)の方が写研よりも親しみのある書体になってしまった。さらに、Windowsの書体は「MS明朝」や「MSゴシック」はリョービイマジクス製作元にリコーが作成したし、印刷業界はMACのシェアが圧倒的であるが、大日本スクリーン製造がプロ向けに作成した「ヒラギノ」フォントの方が好んで使われる。普段嗜んでいる書体も、もはやメディア化され、見やすい文字や識字性の合理化も進み、ユニバーサルフォントもその一環ではあるし、JIS規格への適合性も重要だ。
MACが未だにWindowsユーザーから敬遠されるのは、フォントの文字化けが一向に解決しないからに他ならない。これもWindowsとMAC書体番地に統一性が無いから起こることであるが、私個人はこれが腹立たしい(笑)。
書体とは「文化」の一部なのだ。実はこのことを多くの人が忘れている。著者はマンガに使用されている書体の紹介も忘れてはいない。この本は正解や正しさを述べている本ではない。文化と「歴史」に関わる書体という存在を抜きにして語ってはならないと考えているだけではないか、と思える。それでも、そういうことを忘れてエッセーとして読んでも、この本は面白く読めるだろう。

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
文字の食卓 単行本(ソフトカバー) – 2013/10/24
正木 香子
(著)
昨今、加速度をつけ急激にDTPに取って変わられ消えていく「写植書体」を、使用された名文とともに紹介する「文字と言葉をめぐる読書エッセイ」。
石井細明朝、中ゴシック、太ゴシック、ゴナ、ナール、タイポス、淡古印、本蘭明朝……。戦後の印刷文化を支えてきた最も重要な道具である「写植書体」。その種類は数十をかぞえ、使用用途は日本語の印刷にかかわるすべて、雑誌、書籍、漫画はいうにおよばず、商品のパッケージ、テレビ放送のテロップなどあらゆる分野に渡りました。
読む者の「目」を意識した洗練された文字デザイン。『文字の食卓』では39書体をとりあげ、ひとつひとつ食になぞり、慈しむように、思い出と思い入れをたっぷりに紹介。
目次
ビスケットの文字◉石井中ゴシック
チューインガムの文字◉石井細明朝ニュースタイル
炊きたてごはんの文字◉石井太明朝ニュースタイル
氷彫刻の文字◉精興社書体
肉の文字◉ゴナ
卵の文字◉ナール
夜食の文字◉石井中明朝ニュースタイル
スパイスの文字◉タイポス
缶ドロップスの文字◉岩田明朝体
湯気の文字◉淡古印
果実の文字◉本蘭明朝
発酵する文字◉モトヤ明朝
ゼリーの文字◉石井中明朝オールドスタイル
機内食の文字◉凸版明朝体
豆の文字◉石井中ゴシック小がな
アイスクリームの文字◉スーボ
骨の文字◉ゴーシャ
スープの文字◉日活明朝体
バターの文字◉アンチック中見出し
おべんとうの文字◉新聞特太ゴシック
微炭酸の文字◉石井太明朝オールドスタイル
花の文字◉リュウミン
給食の文字◉光村教科書体
ビタミンの文字◉ゴシックMB101
蜜の文字◉艶かな
塩の文字◉秀英細明朝体
キャラメルの文字◉石井細明朝体横組み用かな
貝の文字◉ファニー
カレーライスの文字◉イナブラシュ
煙草の文字◉アンチック大見出し
きのこの文字◉ツデイ
ヨーグルトの文字◉ナカフリー
蠟燭の文字◉良寛
魚の文字◉秀英初号明朝
こんぺいとうの文字◉石井太丸ゴシック
滴る文字◉A1明朝
ミントの文字◉ボカッシイ
満腹の文字◉大蘭明朝
珈琲の文字◉石井太ゴシック
あとがき
石井細明朝、中ゴシック、太ゴシック、ゴナ、ナール、タイポス、淡古印、本蘭明朝……。戦後の印刷文化を支えてきた最も重要な道具である「写植書体」。その種類は数十をかぞえ、使用用途は日本語の印刷にかかわるすべて、雑誌、書籍、漫画はいうにおよばず、商品のパッケージ、テレビ放送のテロップなどあらゆる分野に渡りました。
読む者の「目」を意識した洗練された文字デザイン。『文字の食卓』では39書体をとりあげ、ひとつひとつ食になぞり、慈しむように、思い出と思い入れをたっぷりに紹介。
目次
ビスケットの文字◉石井中ゴシック
チューインガムの文字◉石井細明朝ニュースタイル
炊きたてごはんの文字◉石井太明朝ニュースタイル
氷彫刻の文字◉精興社書体
肉の文字◉ゴナ
卵の文字◉ナール
夜食の文字◉石井中明朝ニュースタイル
スパイスの文字◉タイポス
缶ドロップスの文字◉岩田明朝体
湯気の文字◉淡古印
果実の文字◉本蘭明朝
発酵する文字◉モトヤ明朝
ゼリーの文字◉石井中明朝オールドスタイル
機内食の文字◉凸版明朝体
豆の文字◉石井中ゴシック小がな
アイスクリームの文字◉スーボ
骨の文字◉ゴーシャ
スープの文字◉日活明朝体
バターの文字◉アンチック中見出し
おべんとうの文字◉新聞特太ゴシック
微炭酸の文字◉石井太明朝オールドスタイル
花の文字◉リュウミン
給食の文字◉光村教科書体
ビタミンの文字◉ゴシックMB101
蜜の文字◉艶かな
塩の文字◉秀英細明朝体
キャラメルの文字◉石井細明朝体横組み用かな
貝の文字◉ファニー
カレーライスの文字◉イナブラシュ
煙草の文字◉アンチック大見出し
きのこの文字◉ツデイ
ヨーグルトの文字◉ナカフリー
蠟燭の文字◉良寛
魚の文字◉秀英初号明朝
こんぺいとうの文字◉石井太丸ゴシック
滴る文字◉A1明朝
ミントの文字◉ボカッシイ
満腹の文字◉大蘭明朝
珈琲の文字◉石井太ゴシック
あとがき
- 本の長さ256ページ
- 言語日本語
- 出版社本の雑誌社
- 発売日2013/10/24
- 寸法2 x 15 x 18 cm
- ISBN-104860112474
- ISBN-13978-4860112479
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 本の雑誌社 (2013/10/24)
- 発売日 : 2013/10/24
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 256ページ
- ISBN-10 : 4860112474
- ISBN-13 : 978-4860112479
- 寸法 : 2 x 15 x 18 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 147,835位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 6,308位評論・文学研究 (本)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2019年6月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2019年11月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
"文字の印象の違いは書体というもので、それぞれすべてに名前がある、と知ったときのおどろき。活字への憧れ。そして身近な書体が目の前から消えていったときの喪失感。それはきっと価値のあるものに違いない、と確信できたから、私は『文学の食卓』をかきはじめたのです。2013年発刊の本書は、DTP化により消えていく写植書体39書体を実際に使用された名文と巡る『文字と言葉』の不思議エッセイ集。
さて、本書はWEBサイト『文字の食卓ー世界にひとつだけの書体見本帳』を再構成、加筆修正した一冊なのですが、初見ではタイトルの『食卓』から何かしら【文字に纏わるメニューというか食べ物が紹介されていくのか?】と思ってしまったのですが。
【良い意味でそれを裏切って】本書では読む人の「目」を意識し【先人達が工夫し、洗練してきた写植書体たち】石井細明朝、中ゴシック、太ゴシック、ゴナ、ナール、タイポス、淡古印、本蘭明朝。。などが漫画や小説での使用例、そして著者の個人的な思い出と共に紹介されていて、なんとも不思議な読み心地でした。
また私個人も印刷業界や出版社には全く縁がない立場ですが。それでも、同じくデザイナーでもない著者の【書体一つ一つに対する感受性の豊かさや愛情の注ぎ方】またそれをやわらかに言語化する才能にも驚かされました。言われてみて気づく、普段手にし、目にする本の書体それぞれに【創り手の物語があり、意図が込められていること】その事にはっと気づかせてくれた事に人知れず感謝の気持ちを記しておきたい。
印刷に関わる全ての人。また本を手にした時やPC作業で密かに書体萌えしている誰かにもオススメ。
さて、本書はWEBサイト『文字の食卓ー世界にひとつだけの書体見本帳』を再構成、加筆修正した一冊なのですが、初見ではタイトルの『食卓』から何かしら【文字に纏わるメニューというか食べ物が紹介されていくのか?】と思ってしまったのですが。
【良い意味でそれを裏切って】本書では読む人の「目」を意識し【先人達が工夫し、洗練してきた写植書体たち】石井細明朝、中ゴシック、太ゴシック、ゴナ、ナール、タイポス、淡古印、本蘭明朝。。などが漫画や小説での使用例、そして著者の個人的な思い出と共に紹介されていて、なんとも不思議な読み心地でした。
また私個人も印刷業界や出版社には全く縁がない立場ですが。それでも、同じくデザイナーでもない著者の【書体一つ一つに対する感受性の豊かさや愛情の注ぎ方】またそれをやわらかに言語化する才能にも驚かされました。言われてみて気づく、普段手にし、目にする本の書体それぞれに【創り手の物語があり、意図が込められていること】その事にはっと気づかせてくれた事に人知れず感謝の気持ちを記しておきたい。
印刷に関わる全ての人。また本を手にした時やPC作業で密かに書体萌えしている誰かにもオススメ。
2023年5月15日に日本でレビュー済み
内容はすごく面白い本だと思うのですが、著者の文章と書体の紹介とが混在していて読みにくい。著者の文章でもリードと本文で2種類の書体とレイアウトがでてくるし、さらに、どの書体に紐づいているのかが直感的にわからなくて混乱する。ページ構成がもったいない。
2014年1月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
書体がこれだけ豊かな個性を感じさせてくれるとは、・・・感激でした。
今までまったく感じなかった世界が、大きく開かれたような新鮮な感動を覚えました。
著者のこまやかな感受性に、拍手を送ります。
今までまったく感じなかった世界が、大きく開かれたような新鮮な感動を覚えました。
著者のこまやかな感受性に、拍手を送ります。
2014年8月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本は、それぞれの書体に対する思い出を語りながらその書体の印象を綴る、豊かな感性を感じさせるエッセイだと思います。ウェブにも同名のサイトがありますが、ほとんどの項が既に見られなくなっていたので(逆に本書にない書体はウェブ上に残っています)、買って良かったと思います。世の中には、石井明朝体が書体の最高傑作で他の書体は認められないと言うような人も居ますが、この作者は、それぞれの書体の個性を感じ取り、それがぴったり当てはまるような作品に使われていると心の中に印象深く残るようです。私もこのように書体に対して細やかな感性を持って向き合っていきたいと思いました。
2013年12月21日に日本でレビュー済み
世の中は広い。書体をこんな風に感じながら読む人がいるとは!
おそらく文章、文字を享受するユーザーの立場として、このようなユーザーだからこそのとらえ方で各書体を描いた作品は初めてではないだろうか。
にもかかわらず、その文章は筆者の生活に即していて、突飛な発想としてではなく、思わず「そうそう自分もそう感じていたんだよ!」と思ってしまいそうな身近さでつづられている。
文字についてなんとなく感じたような、しかしそこまで突っ込んで考えたことがないような繊細な印象が丁寧に言語化されている。
うん、これは全国の図書館にあれば、きっと救われる(というと大袈裟か)人たちがいるのではなかろうか。
こんな見方もあるんだと、あるいは、自分だけではなかった、と。
おそらく文章、文字を享受するユーザーの立場として、このようなユーザーだからこそのとらえ方で各書体を描いた作品は初めてではないだろうか。
にもかかわらず、その文章は筆者の生活に即していて、突飛な発想としてではなく、思わず「そうそう自分もそう感じていたんだよ!」と思ってしまいそうな身近さでつづられている。
文字についてなんとなく感じたような、しかしそこまで突っ込んで考えたことがないような繊細な印象が丁寧に言語化されている。
うん、これは全国の図書館にあれば、きっと救われる(というと大袈裟か)人たちがいるのではなかろうか。
こんな見方もあるんだと、あるいは、自分だけではなかった、と。
2014年2月24日に日本でレビュー済み
写植時代の書体の名前の由来がわかり、とても興味深かったです。
際立った特徴がある書体はそれだけでも雰囲気が分かり易いのでしょうが、
なんといっても「明朝体」にこれほどの種類と違いがあるのには驚きました。
今のPCに搭載されている明朝体だと「事務的」な感じがしますが、写植の
明朝体はもう少し感情的な、でも少し距離を置いた感じがしました。
それぞれの書体を作った方の思いが伝わってくるようです。
際立った特徴がある書体はそれだけでも雰囲気が分かり易いのでしょうが、
なんといっても「明朝体」にこれほどの種類と違いがあるのには驚きました。
今のPCに搭載されている明朝体だと「事務的」な感じがしますが、写植の
明朝体はもう少し感情的な、でも少し距離を置いた感じがしました。
それぞれの書体を作った方の思いが伝わってくるようです。