フィクションについてのフィクション、といえばいわゆる現代文学のメタフィクションの定義そのままなのだが、それほど肩肘張ったものではなく、オーウェル『1984年』からブラッドベリ『華氏四五一度』まで古典的なディストピア小説10篇を下敷きに自由に変奏してみましたという趣の連作短篇集。
『ガリヴァー旅行記』は脚本仕立て、『すばらしい新世界』は尋問調書仕立てと各々の様式にも趣向が凝らされていて楽しい。
一応全体の通奏低音として、｢ユートピア｣の原義｢どこにもない場所＝nowhere｣が｢いま・ここ＝now here｣じゃどうなっているのか？みたいなテーマがあるようだが、個々の章には内容上直接のつながりはないので、独立した短篇として読める。
ただ各篇は過去の名作のいわば本歌取りなので、ネタ元の作品や作者についての知識が多少はあったほうがいいだろう。
個人的な好みでは、最後の『華氏四五一度』の章が面白かった。本の序文という形式だが、書物というメディアの発展史を綴った論文のような内容で、書物にまつわる書物である本書の結末として非常にうまくはまっていると感じた。
大元のトマス・モア『ユートピア』が現代の目で見ると非常にSF的なアイディアの話(文学史的には当時小説というカテゴリーは無かったらしい)なので、このての作品は基本的にSF寄りになる傾向がある訳だが、本書は素材がSFというだけで、どちらかというと60年代アメリカの実験小説なんかの流れに属する作品かもしれない。でも単に荒唐無稽なナンセンス系の短篇集としても十分に面白いので、レムの『完全な真空』あたりを面白いと思った方は楽しめると思う。
それにしても最近はこの樺山三英といい円城塔といい、かつての前衛小説(って殆ど死語か…)を髣髴とさせる作品が結構多いのはどうしたことか？
私自身は60〜70年代にリアルタイムで接した世代ではないが、20年位前に英文科の学生だった頃にはバースとかピンチョンなんかを読んでいて、世間でもポストモダン流行りの残り香があったので、思わず｢昔こんな感じの結構読んだよな…｣と懐古的な気分に誘われてしまう。
別に当時の現代文学やSFがみな古びたとは言わないが、携帯端末で連携した民衆が革命を起こしたという現在のニュースの方が未来的で、フィクションの世界ではレトロ・フューチャー(『あの頃の未来』って本があったか)が隆盛というのも妙な感じがするものだ。
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