魔王オルデンとの戦いによる共倒れで命を落とすも、イザナの死霊術により骸骨のまま生き存えることと
なった元勇者アルヴィス――現在はアンデッドとして死んでいながら生きているアルはミクトラそして
王立騎士養成学園で死霊術士の資格を取得したハルベルの三人はイザナ探しを再開するべく
王都エイエラルドを出立し、西の方にあるエルフの国を目指すが――が序盤のストーリーで、前作、
前々作同様連作短編の形を取っている。
『勇者、懐かしの再会をする』
本来は西に向かうべきアルたちではあるが、途中にあるヘイベル法国が不死者を忌避し、
アルはもちろんのこと死霊術士となったハルベルもまた歓迎されないことが想定されるため、
方違えのため用心棒として商船に乗り込み一旦南下することとなるが、航海から間もなく、
眼前にあらわれたのは幽霊船。その幽霊船の正体がかつてアルヴィスが所有していた
ソカリスヘヌ号であり、船から生まれた九十九神である童子があらわれた――が本章のあらすじ。
新登場人物・ソカリィの登場エピソードであり、かつ物語の起動エピソードでもあるため、
感想云々というものではない事実上のプロローグである。
『勇者、自分の若い頃を思い出す』
エルフの国である精霊領域フィネグンドに到着した一行。エルフの哨戒兵にイザナに会いに
来たと告げると、代わりに応じたフードを被った人物が上陸を許可する。イザナの使者である
シュミラルと名乗るその人物は、風貌が若い頃の勇者アルヴィスと瓜二つであった。
女王の許可が出るまで最寄りの村で過ごすこととなったアルたちだったが、魔王軍との戦争の
あおりを受けダークエルフやハーフエルフの難民が流入し、かつ耕地面積の少なさから慢性的に
食糧が不足気味となり、追い打ちをかけるように麦の生育状況も芳しくなかったため難民である
デイルードとヒーサルは別の集落から樹医である、布で顔を隠した謎の女性・ランシワを
呼び寄せるが、彼女曰く病気ではなく生育が遅れているという。一計を案じたアルが地精霊を
呼び寄せると、彼(?)は麦に養分を持って行かれることをよしとせず、あえて養分を麦に
回さなかったと主張する。連作障害が起きていると判断したアルは稲作を思いつき、ランシワも
また種籾を持っていたためひとまず解決の糸口を見出す。
翌朝、アルたちが村長宅で目の当たりにしたのは自身を隠していた布を取り、髪の色と耳以外
ミクトラと瓜二つの姿を露わにしたランシワの姿だった――が本章のあらすじ。
難民の流入による食糧問題という我々の世界にも通じるような問題を提示しつつ、次章以降で
明らかになる生前かつ若い頃のアルと酷似したシュミラルそしてミクトラと瓜二つなランシワと
いう人物の登場が物語の起伏をうまく示唆している。
『勇者、従士の家族問題を(再び)見守る』
ランシワは村長の家の応接間で自分とミクトラは『取り替え子』であるという事実を物証と
ともにミクトラに突き付け、心が混乱したミクトラは席を外す。
翌日。エルフとオークの間で行われている戦争が事実上形骸化し、最前線での形式上の『衝突』を
目の当たりにしたアルとミクトラは事実関係を調べるべくオーク側の捕虜となって種籾の交換を
しつつオークの王から自分たちの寿命の短さによる世代交代によりエルフに対する怨恨は既に無く、
精霊領域フィネグンドへの領土的野心も持っていないという話を聴く――というのが本章のおはなし。
なぜ『取り替え子』をしなければならなかったのかという理由が、『ミクトラが生まれたとき
精霊の血が強く出て物質への馴染みがなく肉体が危険だった』というあまりにもあっさりした
説明そしてミクトラが自分自身の出自に困惑しつつ、意外と短い時間で現状を受け入れる姿に
少し違和感を覚える。自分が信じていたものがひっくり返った、あるいは突然まったく異なる立場に
置かれることとなった人はこうも簡単に自分自身のことを受け入れることは思いのほか
難しかったりするからだ。
『勇者、修羅場に挑む』
アルとミクトラがエルフの集落に戻ると、『戦で捕虜を奪還した』として女王への謁見とイザナとの
面会が早まり、いざ彼女たちと顔を合わせると、イザナは骨となったアルを人間として完全復活と
複製させるのに必要な古代魔法の研究のためその力が残る精霊領域フィネグンドに滞在し、
女王フェアエルリもまた、イザナの古代魔法研究の副産物による軍事力の向上によりオークとの戦争の
終結と周辺国とのパワーバランスの強化を目論むという利害が一致していたことを知る。一方、
大女神マルドゥは勇者アルヴィスの復活までは許容するが、複製は問題であるとアルに告げていた。
王城のはずれにあるイザナの住まいを訪れたアル、ハルベル、ミクトラ、アルヴィス復活の実験体で
ホムンクルスのシュミラルそしてデケニーはアルの肉体の復活に対する意見の相違によりアルと
シュミラル、ハルベル、ミクトラ、デケニーとイザナは剣を交えることとなる――が本章のおはなし。
来たるべきアルヴィスの肉体の復活のため、人工的に作られたシュミラルの生命を犠牲にしようとする
イザナの目論見は、白血病の姉のドナーとして遺伝子操作で産まれた妹が腎臓提供を迫られた時点で
反旗を翻して弁護士を雇って両親を訴える、ジョディー・ピコー著でキャメロン・ディアス主演で
映画化された『私の中のあなた(My Syster's Keeper)』(早川書房)を彷彿とさせる。
『勇者、狂いながら理想を語る』
精霊領域フィネグンドはオークが住むオートクルム領への進軍を開始。その報せを聞いたアルたちは
本格的な軍事衝突を回避するべく二手に分かれて進軍を遅らせるための工作を始めるが――というのが
本章のおはなし。暗に大国の思惑に左右され難民となった人々が流入するヨーロッパで起きている
彼等への排斥に対するアイロニーもさることながら、クライマックスであるところの四元中継のシーンに
ついておそらく作者は勢いで書いたような印象を受けるが、それ故に文章が先走ってしまい、
時折主語が省略されてしまっているため、結局のところ誰が何処にいて何をしているのかが分かり
にくくなっている。おそらく作者の脳内では完全に理解しているとは思うが、脳内にプロットが
存在する作者と異なりゼロベースで物語を理解せんとしている読み手を完全に置き去りにしている
のが残念である。
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