この本を読むと、「QOL」とか「健康寿命」といった最近ではありふれた言葉にも、疑問を抱かざるを得なくなる。
そこには、意識が覚醒していて(つまりはっきり目が覚めていて)、理性と知性が確認できて、身体がそこそこ動くような人間でないと、本当の意味で生きているとは言えないでしょう、という言外の含みがあるからである。
安楽死の議論は、そのような「人間らしさ」をどこで線引きするのか。またそこで線引きした「人間らしさ」が認められない者を死なせてよいのか。また、その生死の判断、特に生命維持のための装置のスイッチを切る権利が医者にあるのか、家族にあるのか……などなど、問題は山積みである。
これは、2016年7月に起こった相模原障害者殺傷事件によって突きつけられた問題でもある。果たして生きるに値する生命とは、どんな存在のことを言うのか。
「社会の役に立てない人間には存在意義はない」、「人間らしい生活をできない人間は生きていることが無益だ」という価値観が、このような殺傷事件や安楽死問題の底でうごめいている。しかし、「社会の役に立つ」というのは、どういうことだろうか。「人間らしい生活」とは、何だろうか。
この場合、「社会に役立つ」「人間らしい」存在とは経済的、政治的に効率的に利益を生み出す存在とも言えるだろう。そして、そのような効用を生み出さない人間(たとえば高齢者や障害者/障害児)が、限りある医療コストを食いつぶしてよいのか、という突き上げが行われている。
しかも、恐ろしいことに、安楽死を推進しようとする人びとの背景には、臓器移植のハードルをより下げようとする意図も見え隠れする。臓器移植ビジネスにとって、安楽死が推進されることにはメリットがある。より新鮮な臓器をより多く入手できるからだ。安楽死予備軍の患者は、皆ドナーとして有望なのだ。だから、死の定義がどんどん早まる傾向が医療界には見られる。
「本人の意思」の問題も根深い。人が「死にたい」という言葉を口にすることはある。しかし、それは「もし、もう少し生きやすい状況であれば、生きたい」という思いの裏返しである可能性がある。これは自死の問題にも通じる。また心の病の問題にも通じる。
安楽死が合法化されている国ではどこでも、安楽死が増加傾向にある。いわば合法的に医療を利用して自死する人がどんどん増えているのだ。しかし、自死したいと人が思ってしまう、その絶望状況を作り出しているのは何なのか。高齢者、病者、障害者、人生に絶望した者が「死にたい」と思ってしまうのは、その人個人の問題なのだろうか。
また、精神障害を患っている人は、(症状として)「死にたい」と言ってしまう。そのような言葉を発すること自体が病気の症状なのであって、それが本当にその人を死なせてよいという理由になるかどうかは甚だしく疑問である。
果たして「死にたい」と思う人を、言った通りに死なせるのが、本人の幸福なのか。簡単に結論を出すわけにはいかない。
自分の意思を表明できない重篤な患者に、どのまで治療を続けるのか。いつ家族が生命維持装置を外す決断をするのか。「治療はできるが、治癒する可能性はない」とわかった時、死を早めようとする医療者側の都合と、一刻でも長く生きてほしいと思う家族のせめぎ合いの中で、安楽死の議論がどこに向かってゆくのか。
これは、安楽死をめぐって、医療現場や生命倫理の専門家たちの間で、どんな恐ろしい思惑がやりとりされているかを暴露する本であり、一体人の命とは何なのかを考えさせる、しかし、より混乱を招くかもしれない問題の書である。
と同時に、医療界でどれほど思い上がった尊大な意識と差別が横行しているかを告発する書でもある。そのことを著者は、重い障害を持つこの親の実体験として記している。
そして、ただ告発するだけではなく、どうすれば患者と家族と医療職の人間たちが寄り添い、当事者と家族が心から納得できるか、という目標に向かう提言がなされている。
この本は、単に「安楽死が合法の国で起こっていること」をルポしているだけではなく、医療(と患者、家族との関係性)のあり方を根本的に問い直している。
それは障害者差別、高齢者差別、優生思想にもつながる問題である。生きていくとはどういうことなのか。QOLとは何かということを、誰の視点で考えてゆくのか。
そして、つまるところ、安楽死、尊厳死と「殺人」の境界はあるのか。現代の医療とナチスがかつてやっていたこととの境界線はあるのか、という問題提起がここにはあるのである。
キリスト教的に考えてみると、たとえば「神のかたちに人が造られた」という言葉を「理性を持つ存在として造られた」という解釈がなされていた時代があった。
しかし、理性があるということは、意識がある状態を前提にしている。そうなると、重篤な症状で意識を失っている人、知的障がいや精神障がいを抱えている人、認知症の人などは、「神の似姿」から遠い者ということになってしまう。そんな人間観が許されていいものだろうか。
「わたしはいる(ある)」という者だ、と言う神。神はただ「ある」「いる」という存在だ。そこと関連づけて考えれば、人間が神に似た存在だということは、生命はただそこに「いる」「ある」だけで、神と同じように、存在する価値があると言えないだろうか。
そういう意味では、どんな人の命を奪うことも許されないし、自らの命を終わらせたいと思う人も、実はこの人の置かれた状況がもう少しでも良ければ、そのような思いを抱かずに済んだかもしれないということを考えてしまう。
ただ、「どんな命も大切だ」と言うのは簡単だが、「ただ呼吸をしているだけ」「意識もない」人間の生命を維持させるのには、お金もかかるし、ギリギリのところで頑張っている家族の負担も、いつか限界が来るかもしれない。
その時、どんな判断、決断をしても葛藤と迷いと後悔がつきまとうだろう。どんな判断をしても、神が赦してくださると信じるしかない。しかし、神が赦してくださると信じていても、自分で自分が赦せない気持ちから出られない人はどうすればいいのか。
誰かが寄り添うということ、寄り添うのことできるつながりがあるということしか、そのような人を支えるものはないのかもしれない。
この本は、安楽死の合法化が拡大してゆく世界の流れの中で、本当に大切な愛と祈りの可能性にまで言及している。
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安楽死が合法の国で起こっていること (ちくま新書) Kindle版
日本にも、終末期の人や重度障害者への思いやりとして安楽死を合法化しようという声がある一方、医療費削減という目的を公言してはばからない政治家やインフルエンサーがいる。「死の自己決定権」が認められるとどうなるのか。「安楽死先進国」の実状をみれば、シミュレートできる。各国で安楽死者は増加の一途、拡大していく対象者像、合法化後に緩和される手続き要件、安楽死を「日常化」していく医療現場、安楽死を「偽装」する医師、「無益」として一方的に中止される生命維持……などに加え、世界的なコロナ禍で医師と家族が抱えた葛藤や日本の実状を紹介する。
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2023/11/9
- ファイルサイズ1489 KB
- 販売: Amazon Services International LLC
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商品の説明
著者について
児玉真美(こだま・まみ):1956年生まれ。一般社団法人日本ケアラー連盟代表理事。京都大学文学部卒。カンザス大学教育学部でマスター取得。英語教員を経て著述家。最近の著書に、『増補新版 コロナ禍で障害のある子をもつ親たちが体験していること』(編著)、『殺す親 殺させられる親――重い障害のある人の親の立場で考える尊厳死・意思決定・地域移行』(以上、生活書院)、 『〈反延命〉主義の時代――安楽死・透析中止・トリアージ』(共著、現代書館) 、『見捨てられる〈いのち〉を考える――京都ALS嘱託殺人と人工呼吸器トリアージから』(共著、晶文社) 、 『私たちはふつうに老いることができない――高齢化する障害者家族』 『死の自己決定権のゆくえ――尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』 (以上、大月書店)など多数。
登録情報
- ASIN : B0CMQ34R9T
- 出版社 : 筑摩書房 (2023/11/9)
- 発売日 : 2023/11/9
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 1489 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
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- 付箋メモ : Kindle Scribeで
- 本の長さ : 225ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 38,412位Kindleストア (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- - 92位ちくま新書
- - 883位社会学概論
- - 1,204位社会学 (Kindleストア)
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トップレビュー
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2024年4月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
諸外国の安楽死を周る状況を知る上では、情報が豊富な本であり参考になった。また、様々な事例の紹介もありこの問題を考える上では、読んでおくべき本だと思う。
著者は、日本における安楽死制度化に反対の立場は明確で、日本の医療制度・医師に対する不信・不安が強いことが背景にあり、その考察が実体験を基に語られている。
一方、諸外国の制度緩和の動きを「すべり坂」の一言で片付けている。制度緩和の裏にも様々な事例や背景となる考え方があるはずだが、その点は省略されているように感じた。
著者は、日本における安楽死制度化に反対の立場は明確で、日本の医療制度・医師に対する不信・不安が強いことが背景にあり、その考察が実体験を基に語られている。
一方、諸外国の制度緩和の動きを「すべり坂」の一言で片付けている。制度緩和の裏にも様々な事例や背景となる考え方があるはずだが、その点は省略されているように感じた。
2024年2月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
確かに、著者のスタンスは偏っている。
しかし、著者は本書の序章で自らが安楽死慎重派であることを明らかにしているため、その点は特に問題とは感じない。
肝心の安楽死問題については、確かに著者のスタンスはナイーブすぎる理想論かも知れない。すべての人に万全の医療を提供するリソースは物理的に存在しないし、「命の選別」というものを行わなければ、社会は成り立たないのかも知れない。
しかしそれでも、命の選別は積極的に行ってはならない。それは最後の一線であり、それを踏み越えようとするならば、命を選別する側も、自らの命を懸けて苦悩するべきである。
上は評者個人の見解であり、本書における著者の見解にも近い。無論、これを是とせす積極的に安楽死を求める見解もあることだろう。
それは個々人の生命観の問題であり、議論を重ねたとしても、根底で相通ずることはないかも知れない。そのことは、本書のレビューが賛否二分されていることからもうかがえる。
肝心なことは、このように答えのない問いに対して声を上げ続けることであり、たとえ理想論と呼ばれようとも、訴えを続ける著者のスタンスを、評者も尊重したいと思う。
しかし、著者は本書の序章で自らが安楽死慎重派であることを明らかにしているため、その点は特に問題とは感じない。
肝心の安楽死問題については、確かに著者のスタンスはナイーブすぎる理想論かも知れない。すべての人に万全の医療を提供するリソースは物理的に存在しないし、「命の選別」というものを行わなければ、社会は成り立たないのかも知れない。
しかしそれでも、命の選別は積極的に行ってはならない。それは最後の一線であり、それを踏み越えようとするならば、命を選別する側も、自らの命を懸けて苦悩するべきである。
上は評者個人の見解であり、本書における著者の見解にも近い。無論、これを是とせす積極的に安楽死を求める見解もあることだろう。
それは個々人の生命観の問題であり、議論を重ねたとしても、根底で相通ずることはないかも知れない。そのことは、本書のレビューが賛否二分されていることからもうかがえる。
肝心なことは、このように答えのない問いに対して声を上げ続けることであり、たとえ理想論と呼ばれようとも、訴えを続ける著者のスタンスを、評者も尊重したいと思う。
2024年1月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
オランダやカナダなど、安楽死が合法となった国において「死の権利」ばかりが拡充され、結果として本来の目的を大きく逸脱した安楽死の実行がなされていることに警鐘を鳴らす第1章については非常に含蓄のある内容だと思いました。
ただ、第2章以降はあまりにも理想論を医療に押し付けすぎてはいないかと。
実際問題として、各病院において医療資源には限界があり、それを誰から外して誰を優先するかというのは選ばざるを得ないんですね。
その際に生命予後に観点が置かれてること自体に対して、文中では疑問符が投げかけられていましたが、ではどうしろというのか?具体策には全く触れず、ただ「命は平等!全ての患者に対して患者と家族の望む最大限の医療資源の提供を、納得できるまでICを」っていうのは無理があると思います。
自身の娘さんが「これ以上の治療を望むなら大学病院に転院して」と言われた話についても、見捨てられたような気分になった訴えられていましたが、これも小規模な病院にある医療資源では対応できなくなったからもっと大規模な病院で治療を受けてね、という現実的な応対であり、それを見捨てられたなんてニュアンスで書かれるのは医療従事者として心外ですし、被害的すぎると思います。
医療者が安易に「医療無価値論」を振りかざすことの危険性についてはよく分かりますが、だからといって借金大国かつ超高齢社会の日本において、そして家庭内でろくに終末期の治療希望について話してこなかったような家族に対して、なんでもかんでも家族と患者の納得のいくまで医療資源とICの場の提供を続けろというのはあまりにも非現実的な要求に思えました。
ただ、第2章以降はあまりにも理想論を医療に押し付けすぎてはいないかと。
実際問題として、各病院において医療資源には限界があり、それを誰から外して誰を優先するかというのは選ばざるを得ないんですね。
その際に生命予後に観点が置かれてること自体に対して、文中では疑問符が投げかけられていましたが、ではどうしろというのか?具体策には全く触れず、ただ「命は平等!全ての患者に対して患者と家族の望む最大限の医療資源の提供を、納得できるまでICを」っていうのは無理があると思います。
自身の娘さんが「これ以上の治療を望むなら大学病院に転院して」と言われた話についても、見捨てられたような気分になった訴えられていましたが、これも小規模な病院にある医療資源では対応できなくなったからもっと大規模な病院で治療を受けてね、という現実的な応対であり、それを見捨てられたなんてニュアンスで書かれるのは医療従事者として心外ですし、被害的すぎると思います。
医療者が安易に「医療無価値論」を振りかざすことの危険性についてはよく分かりますが、だからといって借金大国かつ超高齢社会の日本において、そして家庭内でろくに終末期の治療希望について話してこなかったような家族に対して、なんでもかんでも家族と患者の納得のいくまで医療資源とICの場の提供を続けろというのはあまりにも非現実的な要求に思えました。
2024年3月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
①安楽死の是非の議論より前に、安楽死を選択せざるを得ない議論をすべきであろう。ガンを宣告され、治療できる人は一握りであろう。一割負担の後期高齢者であっても入院すればそれなりに治療費がかかる。
②年金が少ない日本では、有料介護施設や特別擁護老人ホーム、介護保険を利用した介護も十分に受けられない人が多数いるのだ。ガン保険等もあるが、保険費を払える人は少ない。そうなると、自宅で静かに死を待つしかないのだ。死を選択できる人は余裕のある人だ。
とはいえ、本書は役に立つ。
お勧めの一冊だ。
②年金が少ない日本では、有料介護施設や特別擁護老人ホーム、介護保険を利用した介護も十分に受けられない人が多数いるのだ。ガン保険等もあるが、保険費を払える人は少ない。そうなると、自宅で静かに死を待つしかないのだ。死を選択できる人は余裕のある人だ。
とはいえ、本書は役に立つ。
お勧めの一冊だ。
2024年3月29日に日本でレビュー済み
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この本について批判的なレヴューを書くと確実に削除されるのはなぜだろうか?ヒトラーの経験から障がい者が安楽死を非難する心情は理解できる。しかしAmazon がそういう障がい者に過剰に配慮していないか?
人の尊厳を守る限り、言論は自由であるべきだ。
また削除されるであろうが、ちょっとだけ書いておくならば、安楽死を論じる限り自殺の是非を考える哲学がなければならないが、本書にそのような「思索」はゼロである。著者の娘さんが障がい者であって、障がい者の立場から安楽死はいけないというヒステリックな「感情」だけで書かれていて、何の思考も触発しない。私は安楽死を「考えたい」のであるが、本書は「考える」材料にならない。本書を読んで唯一学び得た事柄は、反安楽死論者の中には「感情」だけで安楽死に反発している人もいることを知り得たことである。
人の尊厳を守る限り、言論は自由であるべきだ。
また削除されるであろうが、ちょっとだけ書いておくならば、安楽死を論じる限り自殺の是非を考える哲学がなければならないが、本書にそのような「思索」はゼロである。著者の娘さんが障がい者であって、障がい者の立場から安楽死はいけないというヒステリックな「感情」だけで書かれていて、何の思考も触発しない。私は安楽死を「考えたい」のであるが、本書は「考える」材料にならない。本書を読んで唯一学び得た事柄は、反安楽死論者の中には「感情」だけで安楽死に反発している人もいることを知り得たことである。
2024年1月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
安楽死・尊厳死の問題は、イデオロギー問題化しやすく、Amazonレビューを見ても、パかっと二つに意見が分かれてしまっている。自分は安楽死について、学び始めたばかりだ。しかし、今の議論がどうなっているか、今の議論が置き去りにしているものは何かということを多様な資料を基に、筆者は誠実にまとめている。確かに筆者は安楽死に反対の立場から書かれているが、そもそも、安楽死の議論の問題が何かわかっていない人にはまずこの本から入って、安楽死の話を早急に始めるとどういう問題性があるのかを考えてほしい。そのうえで議論するべき問題で、安楽死のようなデリケートの問題は例えばSNSの上のような荒い議論はしてはいけないし、よく勉強せずに語ってはならない問題だということがよくわかる。少なくとも何冊も何十冊も安楽死・生命倫理に関する本を読む必要があるし、責任があると思う。この本はその最初の一冊に本当にふさわしいと考える。
2024年4月10日に日本でレビュー済み
日本では不健康寿命が世界トップレベルですね。
何が何でも一秒でも長く生きる事だけが善なのでしょうか?
本人の意思が尊重される成熟した社会になる事を望むばかりです。
何が何でも一秒でも長く生きる事だけが善なのでしょうか?
本人の意思が尊重される成熟した社会になる事を望むばかりです。