日経BPのレビューには「ややほめすぎ」とあるが、別にブログをほめることが本書の趣旨ではない。
「ブログを初めとするテクノロジーにより、今まで莫大な投資をしなければできなかったニュースを発信するという行為が、誰でもできるようになった、その環境変化をうけ、ニュースを発信してきたメディア、そのニュースを読んでいた一般市民、取材対象となる人の関係がどのように変化していくのか」
というジャーナリズム論について、豊富な実例を踏まえて論じられている。
実例が多い半面、その実例から導き出される「締めの一言」のような強いメッセージが少ないため、読むに少々骨がおれた。
下記のような方には、お勧めの一冊。
・「ブログ?ただのWEB上のお手軽日記システムのことじゃないの?」と思っている方
・「テクノロジーの進歩がジャーナリズムにどのような影響を今後及ぼすか?」という点に興味がある方
・ブログ、ウィキ、RSSなどのテクノロジーがここ数年で社会にどのような影響を及ぼしたかという歴史を整理したい方
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ブログ 世界を変える個人メディア 単行本 – 2005/8/5
ダブルポイント 詳細
草の根ジャーナリズムは巨大メディアを崩壊させるのか? ブログ元年といわれるブームのなかで、ブログとは何か、どんな可能性と危険を持っているのか、ブログの普及でマスメディアはどう変わっていくのかを分かりやすく論じた決定版。著者はアメリカのITジャーナリストで、自らブログを運営している第一人者。言及された多数のサイトのURL つき。また日本の現状についても服部桂が解説している。
- 本の長さ458ページ
- 言語日本語
- 出版社朝日新聞社
- 発売日2005/8/5
- ISBN-104022500174
- ISBN-13978-4022500175
商品の説明
メディア掲載レビューほか
ブログ世界を変える個人メディア
新聞,雑誌,ラジオ,テレビに次ぐ新たなメディアと言われ始めたWeblog(ブログ)。これまでのメディアと異なり,個人が情報の発信者となり得る点が大きな違いである。そのブログやWikiなどがメディアとして確立されるまでの経緯を丁寧にまとめている。その過程で筆者は,San Jose Mercury紙のコラムニストを辞して自ら草の根メディアに身を投じた。それだけにブログのパワーを過大評価している面はあり,全体の印象としてはややほめすぎの感はある。ただ単純な礼賛にはなっていない。
新聞,雑誌,ラジオ,テレビに次ぐ新たなメディアと言われ始めたWeblog(ブログ)。これまでのメディアと異なり,個人が情報の発信者となり得る点が大きな違いである。そのブログやWikiなどがメディアとして確立されるまでの経緯を丁寧にまとめている。その過程で筆者は,San Jose Mercury紙のコラムニストを辞して自ら草の根メディアに身を投じた。それだけにブログのパワーを過大評価している面はあり,全体の印象としてはややほめすぎの感はある。ただ単純な礼賛にはなっていない。
(日経バイト 2005/10/01 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
-- 日経BP企画
登録情報
- 出版社 : 朝日新聞社 (2005/8/5)
- 発売日 : 2005/8/5
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 458ページ
- ISBN-10 : 4022500174
- ISBN-13 : 978-4022500175
- Amazon 売れ筋ランキング: - 614,413位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 982位SNS・ブログ
- - 11,391位社会学概論
- - 55,194位ビジネス・経済 (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2005年10月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2005年11月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
個人的に、ダン・ギルモアは「人の講演の最中にメールチェックをする注意力散漫な男」としてあまり評価は高くないのだが、それを抜きにしても、書こうと思えば誰にでも書けた本だと思う。挿入されたエピソードの数々はほとんど日本国内の事例に置き換えられるから、日本人が書いても違和感はない。特に日本には2ちゃんねるがあるわけで、より刺激的な事例には事欠かない。
だが、実際にこの傑作(傑作には違いないと思う)をモノにしたのはギルモアである。この違いはおそらく、「熱意」のようなものではないか。これからのジャーナリストは、資格の有無や所属組織は関係なく、熱意の有無だけで一般人と区別されるような気がする。そして、熱意のある人だけが、この革命をドライブしていくのだろう。
本書の中で、これからのジャーナリズムにまず必要なのは誠意であるみたいな表現がよく出てくるのだが、だとするとこの邦題はあまりに誠意に欠けている。本書に出てくる「ブログ」はあくまで市民のパワーを拡大するツールのone of themに過ぎないのに、まるで本書がブログに関する本であるかのような誘導をするのは、あまりにマーケティング主導すぎないか。
確かに、本書の主要なターゲットは、まだインターネットのパワーに気づいていない人たちだろう。すでにそのパワーに気づいている人にとっては目新しいことはほとんど書かれていないし。だからといって、そういう人たちの目にとまるように、本題から遠く離れたタイトルを付けるのはどうかと思うのだが。
そう言えば、原書はCCの元で公開されているんだが、邦訳は公開されてないのかな。asahi.comを探したけど、見つからなかった。もし非公開だとしたら、やはりこの本を訳す媒体としては失格じゃないか。
だが、実際にこの傑作(傑作には違いないと思う)をモノにしたのはギルモアである。この違いはおそらく、「熱意」のようなものではないか。これからのジャーナリストは、資格の有無や所属組織は関係なく、熱意の有無だけで一般人と区別されるような気がする。そして、熱意のある人だけが、この革命をドライブしていくのだろう。
本書の中で、これからのジャーナリズムにまず必要なのは誠意であるみたいな表現がよく出てくるのだが、だとするとこの邦題はあまりに誠意に欠けている。本書に出てくる「ブログ」はあくまで市民のパワーを拡大するツールのone of themに過ぎないのに、まるで本書がブログに関する本であるかのような誘導をするのは、あまりにマーケティング主導すぎないか。
確かに、本書の主要なターゲットは、まだインターネットのパワーに気づいていない人たちだろう。すでにそのパワーに気づいている人にとっては目新しいことはほとんど書かれていないし。だからといって、そういう人たちの目にとまるように、本題から遠く離れたタイトルを付けるのはどうかと思うのだが。
そう言えば、原書はCCの元で公開されているんだが、邦訳は公開されてないのかな。asahi.comを探したけど、見つからなかった。もし非公開だとしたら、やはりこの本を訳す媒体としては失格じゃないか。
2006年12月23日に日本でレビュー済み
ジャーナリズムのブログを中心として、インターネットがいかに個人の情報発信を助けたり、真相を知ることを容易にしたり、政治的なムーブメントを起こしやすくしたりしたかを書いた本。
日本でよく取り上げられるブログの話はない(日記をさらす、程度の認識の話ではない)。ゆえに、ブログの書き方を学ぼうとしている人には向かない。
それはさておき、韓国の政権交代劇、アメリカのスキャンダルなど、インターネットがいかに世界を変えうるかがよく書けているので、星5つ。
日本でよく取り上げられるブログの話はない(日記をさらす、程度の認識の話ではない)。ゆえに、ブログの書き方を学ぼうとしている人には向かない。
それはさておき、韓国の政権交代劇、アメリカのスキャンダルなど、インターネットがいかに世界を変えうるかがよく書けているので、星5つ。
2005年12月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
日本では手軽な情報発信のツールとして定着しつつある「ブログ」について、メディアとして情報発信の可能性について事例を紹介している。
本書を読んでいて感じたのはブログという形式やシステムの素晴らしさよりもRSS技術について作者はほれているのではないか。共通のフォーマットにより、情報を取得する。企業もメディアも個人もその共通のフォーマットにより情報発信が行える。そんな世界の到来の素晴らしさを論じているのではないか。
本書を読んでいて感じたのはブログという形式やシステムの素晴らしさよりもRSS技術について作者はほれているのではないか。共通のフォーマットにより、情報を取得する。企業もメディアも個人もその共通のフォーマットにより情報発信が行える。そんな世界の到来の素晴らしさを論じているのではないか。
2005年12月24日に日本でレビュー済み
最初に気をつけないといけないのは、本書はブログに関する本ではなくて、ジャーナリズムに関する本だという点だ。
ブログだけに限らずBBSやウィキ、メーリングリスト、携帯メール等の主にインターネットを利用した情報発信が手軽に行えるようになった結果、今まで一読者でしかなかった人々が言わばプチジャーナリストとして活動できるようになり、既存のメディアでは成し得なかった報道が可能になり、ジャーナリズムの新たな局面が訪れる。著者の主張は要約するとこんな内容だ。確かに、その分析は的を射ているように思う。
ただ、個人の情報発信が手軽に出来るようになったことに対する負の側面、あるいは著作権の侵害といった問題について、著者はあまりに楽観的過ぎると思う、取材対象者のプライバシー、ニュースの正確さ、著作権侵害、これらの問題について十分な考察がなされているとは思えない。言論の自由との兼ね合いも合って難しい問題だが、著者の意見はあまりにも言論の自由に偏り過ぎているように思える。
ブログだけに限らずBBSやウィキ、メーリングリスト、携帯メール等の主にインターネットを利用した情報発信が手軽に行えるようになった結果、今まで一読者でしかなかった人々が言わばプチジャーナリストとして活動できるようになり、既存のメディアでは成し得なかった報道が可能になり、ジャーナリズムの新たな局面が訪れる。著者の主張は要約するとこんな内容だ。確かに、その分析は的を射ているように思う。
ただ、個人の情報発信が手軽に出来るようになったことに対する負の側面、あるいは著作権の侵害といった問題について、著者はあまりに楽観的過ぎると思う、取材対象者のプライバシー、ニュースの正確さ、著作権侵害、これらの問題について十分な考察がなされているとは思えない。言論の自由との兼ね合いも合って難しい問題だが、著者の意見はあまりにも言論の自由に偏り過ぎているように思える。
2005年9月19日に日本でレビュー済み
本書はブログというネットワークツールを通じて、新しいメディアのあり方とそれを取り巻く諸問題を提起し、これからのジャーナリズムのあり方を問いかける一冊です。
本書はジャーナリズムやインターネットの歴史と、ブログやウィキなどの新しいネットワークツールの紹介から始まります。それらのネットワークツールの進歩のおかげで、今までの取材対象者が取材をする側に変化していることを克明に描き、そのような流れを受けて、新しいジャーナリズムのあり方を考察しています
しかし、一方でインターネットにおける政府や巨大企業の抑圧や検閲、著作権による囲い込みも始まっています。人類の普遍的な原理である、「言論の自由」をいかに実現するか。著者は問題提起をし、解決のための糸口を投げかけています。
本書はあくまで、現在アメリカで起こっている事柄の兆候を捉えた、テクノロジーとジャーナリズムについての「予測」に過ぎません。しかし、人権思想に基づいた「ジャーナリズムの倫理」と言うべきものを一貫して貫いている本書は、後に続くであろう我々が安心して参照できるものであると思います。また、ブログに限らず目覚ましい発展を遂げているインターネット関連技術をどう使うのか、そのための羅針盤ともなりうるでしょう。
技術論から見た倫理の書と言える本です。
本書はジャーナリズムやインターネットの歴史と、ブログやウィキなどの新しいネットワークツールの紹介から始まります。それらのネットワークツールの進歩のおかげで、今までの取材対象者が取材をする側に変化していることを克明に描き、そのような流れを受けて、新しいジャーナリズムのあり方を考察しています
しかし、一方でインターネットにおける政府や巨大企業の抑圧や検閲、著作権による囲い込みも始まっています。人類の普遍的な原理である、「言論の自由」をいかに実現するか。著者は問題提起をし、解決のための糸口を投げかけています。
本書はあくまで、現在アメリカで起こっている事柄の兆候を捉えた、テクノロジーとジャーナリズムについての「予測」に過ぎません。しかし、人権思想に基づいた「ジャーナリズムの倫理」と言うべきものを一貫して貫いている本書は、後に続くであろう我々が安心して参照できるものであると思います。また、ブログに限らず目覚ましい発展を遂げているインターネット関連技術をどう使うのか、そのための羅針盤ともなりうるでしょう。
技術論から見た倫理の書と言える本です。