暑い夏。
しかもやや体調も優れず、これから虫捕りで、炎天下での作業が待っている。
それを考えて、せめて道中の新幹線の中で、気楽に読めるものを、と思って、本書を手に取った。
大分前に買った本(10年以上前)だが、日本はファッションの変遷は早いが、メンタルは意外に保守的で変わらないので、こういったメンタルを扱った本は古び難い。
「相手の気持ちを考えろよ」「もっと素直になれよ」「一度頭を下げれば済むことじゃないか」「一人で生きているんじゃないからな」「みんなが嫌な気分になるじゃないか」などなど、著者が挙げる、巷でよく耳にする紋切り型のフレーズには、確かに一種の暴力性が潜んでいる。
そして、このフレーズに潜む日本的同調圧力に、著者は抵抗する。その抵抗の有り方を、下世話な話題を交えて、披露する。
要は著者は、日本の世間を支配する、この空疎で、同調的な圧力に、嫌悪感を抱くのだ。
例えば、「相手の気持ちを考えろよ」では、「京都のぶぶ漬け(お茶漬け)」を取り上げる。お茶漬け如何ですか?と店の人に聞かれたら、もう帰ってくれ、というメッセージなのだと察しろ、という文化。
言葉を文字通りに受け取らず、その裏を読もうとする文化に、著者は苛立つ。それは、一種の無言の圧力であり、「下手に居丈高な」態度でもあるからだ。
そして、著者は鈍感な形式主義にも怒りの矛先を向ける。
綺麗な蕎麦屋に「お子様はご遠慮させて頂きます」との張り紙。ここはシンプルに「ご遠慮ください」とすべきなのに、嫌に勿体ぶって「させて頂きます」というフレーズをまき散らす軽率さ。
夏の涼しいウィーンにまで、「残暑お見舞い申し上げます」のハガキを送り届けようとする鈍感さ、
新年のあいさつを記した年賀状を前年末に書いて、新年に相手に送り届けようとして、相手を慮っている事を示そうとする不自然な儀礼。また、むやみに笑って、対立を避けようとする日本人の微温的な態度。
そういった諸々に、著者は批判の矛先を向ける。
実に痛快極まりない。
村上春樹の小説に、空疎な嘘を感ずる一方で、山田詠美の小説には魅力的な真実を見出すあたりも、著者一流の真贋を見分ける慧眼を感ずる。
クソ真面目な標語や、おせっかいな公共アナウンスなどを、空疎で、無意味な、押しつけがましい「掛け声文化」と断ずるのも、なんとも気持ちよい。
それにしても、いつも思うのだが、著者の悪罵には、分野は違えど故西村賢太に通ずる豊富で、天才的な語彙力を感じる。
「そこに現出する世界は和気あいあいとしたグロテスクそのもの!」「嘘で固めたうすら寒い薄汚い世界」「社会的成功者とは傲慢かつ単純な人種が多い」「考えただけでも背筋が寒くなる」「無礼な輩には盲めっぽう寛大なのだ」「こうした身の処し方を知らない青二才には、骨の髄まで「大人になること」を教え込まねばならない。」「心にもないことでも口に出してその場を乗り切るという独特の儀礼を遂行することによって、青臭いお兄さんたちを真の大人に教育しようと言う魂胆なのです。」
西村賢太が世を去った今、代わりと言っては何だが、中島氏には、これからも痛快な毒を吐き続けて頂きたい、と強く感じた。
最後に、あとがきで、50を過ぎて、成熟とは裏腹に、ますます社会との折り合いをつけるのに難儀し、あれも嫌だ、これも気に入らない、と偏屈になって行き、他人と一緒に居る事が煩わしくなり、殆んどの他人が気に入らず、そういう不寛容な自分にも嫌気がさすが、どうにもならず、ますます社会的に未成熟な人間に転落して行く、と語るくだりには、まったく共感を覚える。
同好の士には、是非ご一読を。そしてカタルシスを覚えて頂きたい(R5.8.15)。
Kindle 価格: | ¥440 (税込) |
獲得ポイント: | 4ポイント (1%) |
を購読しました。 続刊の配信が可能になってから24時間以内に予約注文します。最新刊がリリースされると、予約注文期間中に利用可能な最低価格がデフォルトで設定している支払い方法に請求されます。
「メンバーシップおよび購読」で、支払い方法や端末の更新、続刊のスキップやキャンセルができます。
エラーが発生しました。 エラーのため、お客様の定期購読を処理できませんでした。更新してもう一度やり直してください。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
私の嫌いな10の言葉(新潮文庫) Kindle版
「相手の気持ちを考えろよ! 人間はひとりで生きてるんじゃない。こんな大事なことは、おまえのためを思って言ってるんだ。依怙地にならないで素直になれよ。相手に一度頭を下げれば済むじゃないか! 弁解するな。おまえが言い訳すると、みんなが厭な気分になるぞ」。こんなもっともらしい言葉をのたまう大人が、吐気がするほど嫌いだ! 精神のマイノリティに放つ反日本人論。
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2003/3/1
- ファイルサイズ296 KB
- 販売: Amazon Services International LLC
- Kindle 電子書籍リーダーFire タブレットKindle 無料読書アプリ
この本を読んだ購入者はこれも読んでいます
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
相手の気持ちを考えろよ ひとりで生きてるんじゃないからな もっと素直になれよ-「善良」な人たちが発するものわかりのいいセリフを聞くと、虫酸が走る! 「戦う哲学者」が放つ、日本人が好きなことば徹底批判。
登録情報
- ASIN : B00CL6N116
- 出版社 : 新潮社 (2003/3/1)
- 発売日 : 2003/3/1
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 296 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 付箋メモ : Kindle Scribeで
- 本の長さ : 163ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 261,123位Kindleストア (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- - 6,871位新潮文庫
- - 7,942位社会学概論
- - 8,638位社会学 (Kindleストア)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2019年6月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
他人と感性が似ているのは好まないが、端々笑いが込み上げてくる。でも人間嫌いの方が面白いかも。
2014年6月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
アマゾンから届いて眺めていたら、「うちにあるわよ」と妻に言われた。
妻が探して見て見つからなかったが、東京の学校にいってる娘が持って行ってた。
偏屈な中年、その妻、娘が気に入るような本ということです。
おなじ著者の「カントの読み方:(ちくま新書)」のほうが僕には理解しやすかったが。
妻が探して見て見つからなかったが、東京の学校にいってる娘が持って行ってた。
偏屈な中年、その妻、娘が気に入るような本ということです。
おなじ著者の「カントの読み方:(ちくま新書)」のほうが僕には理解しやすかったが。
2018年2月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
哲学者の本であまりに読みやすいです。多様性を認めるならこれは読んで損はしないと思います。
2017年3月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
賛否両論ですが、要するに「好きなの?」「嫌いなの?」っていう、そういう尺度で考えればすむお話だと思います。
僕は好きです。
僕は好きです。
2014年8月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
正直いって、読んでてムカムカ来るばかり。
偏屈野郎の日記帳ってところ。
これでお金になるんですね。
不思議です。
偏屈野郎の日記帳ってところ。
これでお金になるんですね。
不思議です。
2016年12月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ドトールや西友とのやりとりなど、今時SNSに書いたら炎上しそうな内容を本にできるのだから哲学者はいいものですね
2015年7月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
世間で言われているもっともらしい言葉は臭気臭く感じるのでこの本は見ていて
痛快だった
痛快だった