尹雄大さんの本を読むのは、本書が初めてでした。表紙の柔らかな装いから、重いテーマだけれども、
それをさらっと表現しているのだろうと想像していたのですが、まったく違いました。
初めの数ページを読んだところから、この本とはしっかりと向き合って読もうと心のスイッチが入り
ました。
発達障害(この言葉もどうだかなとは思いますが、一般的に使われているので便宜上使います)に関す
る書籍は、何冊か読んできていますが、コミュニケーションや感情表現がうまくできない当事者で
あり、かつそのことをわかりやすく言語化できる尹さんの本書は、文章の巧みさよりも、そこに内在
する力強さに圧倒されます。
また、この書評を書くにあたって、尹さんの伝えようとしていることをさも分かったかのように要約
したり、共感を示すものではないと感じました。
ここに記すのは、尹さんへの共感ではなく、尹さんの言葉に触発された「私の感情表現」です。
本書では、多岐にわたるテーマが描かれています。
多様性、発達、常識、胚胎、社会性、好き嫌いと善悪、傾聴と共感、存在、幸福、アイデンティティ
などなど。
すべてを網羅することはできないし不遜なので、「傾聴と共感」そして「多様性」について書きます。
■ 傾聴と共感
私はカウンセリングやコーチングを生業としています。尹さんの書いている文章のなかで、そうだよな
と以前から気づいていたことと、そういう視点もあるよなと感じたことをピックアップします。
尹さんは、「多くの人は、自分の話を最後まで聞き切ってもらった経験が乏しい」と指摘しています。
このことこそ、私たちが傾聴を心がける意義の一丁目一番地です。まったく同感です。
次に続く言葉は手厳しいです。
共感を示されることはある。だけど、わかるという言葉や態度を示されると興醒めする
傾聴で話の意味ばかり追っても何も聴き取れない
言わんとしていることへの注目や敬意を欠きながら、それを寄り添うことだと思っている
尹さんのすべてや、彼が伝えようとしているニュアンスをつかむことはできないですが、なんとなく
近いことを感じているなと思うことと、プロフェッショナルはその先を超えた次元で相手と向き合って
いるということを考えました。
前者の「わかった気になる」危うさは多くの人が経験としてもっているものでしょう。
たとえば失恋を取り上げてみます。失恋したばかりの自分の心が張り裂けそうな気持を友人に打ち明け
た時に、「わかる!滅茶苦茶辛いよね。でも、時間が解決するから大丈夫だよ」などと、大失恋から
1カ月後に新しい恋人を見つけた同性の友人の「わかる」は、「分かり合えなさ」を強調します。
これを女性にしか体験のしようがない出産や、それに伴うキャリアの中断の苦悩や苦労(育児は男女が
共同で行うものという時代に変わりつつありますが、これまでや現時点での実態は女性にとっての課題
としての側面が強いです)を友人やキャリア・コンサルタントに打ち明ける時に、なまじ同性であるが
ゆえに、「わかる」と言われると、そのニュアンスはあなたの経験の痛みとは違うという違和感や
幻滅の方が大きい場合が、結構あります。この例とは違いますが、男性同士や、近しい環境にいる人
からの「共感」は、「わかってもらえていない」という苦痛や失望につながりかねません。
すべてではないし、誘導するものでもありませんが、たとえば女性ならではの辛さや悩みは、その
実態は到底「わからない」ことを前提に、わかろうと一所懸命にひたすら聴き切ろうとする異性の
専門家に対して話す方が、感情を素直に表すことができるのかもしれません。
後者は、傾聴という名のもとで内容を”しっかり”と聴こうとはしてくれているけれども、そのことで
いっぱいいっぱいで、どういう気持ちでそのことを伝えようとしているのかという相手の感情を慮る
ことができない人が多いのは事実です。またプロフェッショナルでもレベルによりますが、上級者で
あればブレは少ないし、気づいた時点で修正できるにせよ、ついつい話の内容を追いがちになります。
尹さんは、「時代が要請する、共感や傾聴に代表される感性や価値観をあまり共有せず、適度な距離
を保つ方が自分を保てる」と言います。
本当のプロフェッショナルなカウンセラーやコーチが持つ特徴は、まさにその分かり合えなさのニュア
ンスを理解する力があり、相手の感情を分かろうとしつつもその感情に飲み込まれない冷静なもう一人
の自分を併せ持つところにあります。他者の気持ちを100%理解することはできないという謙虚さを
忘れないところにあります。
■ 多様性を受け入れること
『はじめに』で、「人それぞれ」という多様性の尊重は、スローガンほどには許されていない、と著者
は書いています。
人間は本能として、家族やコミュニティや属性などで自分に近い人に対して親近感はもちろん、尊重
できるようになっています。本書で言う多様性は2つの意味で使われています。
ひとつは私たちが昨今よく使う、自分とは違う多様な他者である、日本のビジネス社会ではマイノリ
ティとされてきている女性、外国人、障害者の人々を受け入れて、共存を図ることです。
そしてもうひとつは、これが盲点になっているためにより重要な意味を持つ、自分自身の中の多様性
に気づき、その折り合いをつけることです。
これに関する尹さんの次の視点は鋭いです。
言おうとしていることをわかろうとする
言っていることすら正しく理解するのは難しいですが、たとえそこに幾分の誤解があるとしても、
もっと大事なのは、相手がどんな思いでそのことを言おうとしているのかという「感情」を聴こうと
する姿勢であり、そこにしっかりと耳を傾けることです。
わかろうとするは、完全にわかることは無いけれども、できる限り、相手の思いに近づけるように
努めることであり、さらに言うなら存在していることの意義を見出そうとすることなのでしょう。
■ さいごに
尹さんの言葉を借りながら、私たちはどのように、どこまで行ってもわかりあえない他者とつながれば
よいのかを考えてみます。
ひとつは、安易に「わかった気」にならないことです。
もうひとつは、「自分の中のわずかな違い、違和感という名の他者を受け入れること」から始めること
です。
まず自分の中にすら他者性があることを理解することができるなら、「つながりのないように見える
他者」との間にも関係性が生まれて、それが生きることの強さになっていくのだと、おそらく著者は
唱えています。
分かり合えないことに焦れずに、それが当たり前と受け止めたうえで、適度な距離を保つことを忘れ
ないようにすること。
読み応えがありました。
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つながり過ぎないでいい――非定型発達の生存戦略 Kindle版
《コミュニケーションで悩む人たちへ》
コミュニケーションや感情表現が上手できないと悩んだ著者はやがて、当たり障りなく人とやり取りする技術を身につけていく。
だが、難なく意思疎通ができることは、本当に良いこと、正しいことなのか。
なめらかにしゃべれてしまうことの方が、奇妙なのではないか。
「言語とは何なのか」「自分を言葉で表現するとは、どういうことなのか」の深層に迫る、自身の体験を踏まえた「当事者研究」。
--------------------------------------
自分だけのものであるはずの感情を、多くの人に共通する「言葉で表す」ことなど、どうしてできるのだろうか。
そして、人に「伝える」とはどういうことなのか――。
言葉、存在、コミュニケーションをめぐる思考の旅が始まる。
--------------------------------------
【目次】
■はじめに
■1章 それぞれのタイムラインを生きるしかない——定型発達という呪縛
■2章 胚胎期間という冗長な生き延び方
■3章 社会なしに生きられないが、社会だけでは生きるに値しない
■4章 自律と自立を手にするための学習
■5章 絶望を冗長化させる
■あとがき
--------------------------------------
コミュニケーションや感情表現が上手できないと悩んだ著者はやがて、当たり障りなく人とやり取りする技術を身につけていく。
だが、難なく意思疎通ができることは、本当に良いこと、正しいことなのか。
なめらかにしゃべれてしまうことの方が、奇妙なのではないか。
「言語とは何なのか」「自分を言葉で表現するとは、どういうことなのか」の深層に迫る、自身の体験を踏まえた「当事者研究」。
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自分だけのものであるはずの感情を、多くの人に共通する「言葉で表す」ことなど、どうしてできるのだろうか。
そして、人に「伝える」とはどういうことなのか――。
言葉、存在、コミュニケーションをめぐる思考の旅が始まる。
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【目次】
■はじめに
■1章 それぞれのタイムラインを生きるしかない——定型発達という呪縛
■2章 胚胎期間という冗長な生き延び方
■3章 社会なしに生きられないが、社会だけでは生きるに値しない
■4章 自律と自立を手にするための学習
■5章 絶望を冗長化させる
■あとがき
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- 言語日本語
- 出版社亜紀書房
- 発売日2022/5/25
- ファイルサイズ3454 KB
- 販売: Amazon Services International LLC
- Kindle 電子書籍リーダーFire タブレットKindle 無料読書アプリ
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商品の説明
著者について
尹 雄大(ゆん・うんで)
1970年神戸市生まれ。インタビュアー&ライター。政財界人やアスリート、アーティストなど約1000人に取材し、その経験と様々な武術を稽古した 体験をもとに身体論を展開している。
主な著書に『さよなら、男社会』(亜紀書房)、『異聞風土記 1975-2017』『親指が行方不明』(以上、晶文社)、『モヤモヤの正体』(ミシマ社)、『脇道にそれる』(春秋社)など。
1970年神戸市生まれ。インタビュアー&ライター。政財界人やアスリート、アーティストなど約1000人に取材し、その経験と様々な武術を稽古した 体験をもとに身体論を展開している。
主な著書に『さよなら、男社会』(亜紀書房)、『異聞風土記 1975-2017』『親指が行方不明』(以上、晶文社)、『モヤモヤの正体』(ミシマ社)、『脇道にそれる』(春秋社)など。
登録情報
- ASIN : B0B2188KKT
- 出版社 : 亜紀書房 (2022/5/25)
- 発売日 : 2022/5/25
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 3454 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 付箋メモ : Kindle Scribeで
- 本の長さ : 162ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 263,298位Kindleストア (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- - 8,254位社会学概論
- - 8,830位社会学 (Kindleストア)
- カスタマーレビュー:
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