1960年11月30日封切の京マチ子主演映画。大映。モノクロ。87分。京マチ子36歳。京マチ子映画としては、『顔』(最近CSで初放映)の次の映画。初DVD化。
高橋お伝もので、監督は『牝犬』の木村恵吾、原作は邦枝完二。
女優としては水谷良重と倉田マユミが出ているが、ほぼ京マチ子の独占ステージで、最初から最後まで出ずっぱり。
京マチ子のお伝が関係する主要な男性は、難病の夫船越英二、京の肉体に夢中になる医師川崎敬三、京が夢中になる情夫菅原憲二の三人。この他に、京に金も命も取られる気の毒な殿山泰司、京をレイプしてツケを回収する宿屋主人潮万太郎など。
私的感想
論点は三つ。一、あまり話題にならない京マチ子映画。二、原作との比較。三、新東宝若杉嘉津子作品との比較。
一、あまり話題にならない京マチ子映画。
〇去年出た二冊の京マチ子本(北村匡平京マチ子本とユリイカ京マチ子特集号)のどこにも本映画についてもコメントは見当たらない。(見落とし御容赦)。理由は、最近の京マチ子トレンド・・肉体派、ヴァンプ、ファム・ファタル、よく食べる、自己主張、闘争的、暴力的等からちょっとズレることと思う。大女優共演闘争映画でもない。
〇前半では医師の川崎敬三を肉体の虜にして堕落させ、代償に夫の薬を得ているので、ヴァンプ、ファム・ファタルではある。しかし、一方では、難病の夫に尽くす女である。後半では、夜鷹にまで身を落としながら、スリの菅原憲二と一緒になりたいと願っているので、トレンド京マチ子からはズレている。
〇本映画の2年前に、新東宝で若杉嘉津子主演の『毒婦高橋お伝』が公開された影響もある。公開当時はともかく、後年若杉お伝映画は、中川信夫監督作品として、若杉毒婦作品として、『東海道四谷怪談』の先行作として、若き丹波哲郎映画として、早期に再発掘され、もう19年も前にDVD化され、根強い人気を保っている。一方、本映画は映画祭等で上映される以外はほぼ眠り続けていた。今回やっと、若杉お伝映画と本映画を比較して鑑賞することができるようになった。
〇個人的には、本映画は京マチ子映画の佳作の1本と思う。今回初めて観て、大変気に入った。理由は、①情念のドラマ、映画の流れ。②京マチ子エロス。③セットの安心感。④大女優の貫録、風格がある。後でまた述べる。
二、原作との比較。
〇原作は1934年9月から1935年5月まで読売新聞に連載された邦枝完二の『お伝地獄』(本は講談社文庫コレクション等)。ラストはお伝と脱獄した情夫市十郎が、金貸しの市蔵を罠にはめる相談をしているところで唐突に終わっており、明らかに未完。未完の事情は全く知らないが、本書は剣豪小説でも伝奇小説でも人情小説でもなく、狭い世界での殺しと騙しの繰り返しでは、作者も疲れてきたのではないかと思われる。
のちに続編(『お伝情史』)が書かれ、1936年1月から10月まで現代に連載された。そちらは未見。
〇同じ原作の先行映画化として、石田民三監督、鈴木澄子主演の『お伝地獄』(1935)がある。未見。
〇本映画はお伝の情夫が逮捕されてしまい、お伝があとを追って走るところで終わっている。これは原作の四分の三あたりの部分なので、後半四分の一は映画化されていない。この四分の一でお伝は東京に戻り、実在の人物である吉蔵と知り合い、脱獄(脱走?)した情夫と再会する。この吉蔵が現実のお伝事件の被害者である。映画でこの四分の一を削ったのは、似たような話の繰り返しになるからと思われる。
〇本映画は登場人物はおおむね原作通り。もちろん、数は減っており、キャラクターを全く変えた人物もいる。ストーリーもだいたいは原作に沿っているが、当然、刈り込んではいる。また、新聞小説なので、何日かごとに山場を作る必要があるようで、後から読むとこれがストーリーの流れを阻害しているが、映画化では寄り道をなるべく避けて、スムーズな展開となっている。
三、若杉嘉津子『毒婦高橋お伝』との比較。
①情念のドラマ、映画の流れ。
〇若杉お伝映画は一応原作なしのオリジナルで、自由に話が進展する。ともかくテンポが早い。そして大蔵映画らしく盛り沢山。冒頭に別れた幼い娘への思いで観客を引き寄せる。軽妙な店頭宝石詐欺で観客を楽しませ、見破った巡査(警邏)を肉体でたらし込み、堕落させる一方、巡査に情が移るというメロドラマで話を盛り上げる。さらに、肺病の亭主がいて、その医療費を稼ぐための悪事という大義名分で観客を納得させる。と思うと、宝石商の黒幕の丹波哲郎の屋敷に連れ込まれ、大金で婦女誘拐の仕事を命じられレイプされるという猟奇的な展開となる。婦女を誘拐するお伝が生き生きして見えるのは困りもの。こうやって広げてしまった大風呂敷は、予想外の事件で一気に閉じられて、夫も娘も死に、お伝は一応身軽になって東京編は終わる。横浜編はほぼアクション映画。全体として、メロドラマ味+エロ味+アクション+ジェットコースター転回の新東宝総合的娯楽映画。面
白いのは、若杉お伝は一度も娼婦にはなっていないこと。つまり、犯罪で収入を得ているので、自分の体を売る必要はない。
〇本映画の東京編は、若杉お伝映画より緩やかに進行する。京お伝はあくまでも夫の病気の改善を願う貞女である。凶悪犯罪には手を染めないので、収入はなく、難病の夫と二人で生きていくには、男をたらし込む以外にない。お伝は医師川崎を肉体でたらし込んで薬を調達し、宿屋の主人を色気でたらし込んで宿賃の支払いを無期延期させている。当然に破局が来て、お伝は夫を連れて横浜編に移り、娼婦に落ちていく。今度はお伝が情夫に夢中になり・・。
〇結局、仕掛けの面白さ、テンポの良さでは若杉お伝映画だが、お伝の情念がじっくりと展開され、ストーリーもあまり無理なく、流れるように進んでいく点では、京お伝映画の方が優れている。
②京マチ子エロス
〇若杉お伝映画は娯楽映画要素盛り沢山だが、肝心のエロがちょっと弱い。一回長い接吻シーンがあるが、それ以外のラブシーンはあっさりしていて、若杉の肌の露出も少ない。背中の入れ墨を見せる入浴シーンが一回あるが、これもほとんどエロティックではない。一方、京は、医師川崎とも、情夫菅原とも、夫船越とも、濃厚なラブシーンを展開し、肌もそれなりに露出している。吹き替えではあるが、ヌード情事もある。また、東京から横浜に移って商売女になると、一段ときれいになっていくのもさすが。
〇エロスの点では京お伝に軍配を上げたい。
③セット
〇若杉お伝映画のセット、撮影が賞賛されることが多いが、本映画の明治セットと撮影もよくできていると思う。安心感がある。
④貫録
〇京は大女優の貫録、風格の演技と思う。
私的結論
〇若杉お伝映画も好きだが、本映画も好き。
〇長文失礼した。