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物理学とは何だろうか 上 (岩波新書) Kindle版
現代文明を築きあげた基礎科学の一つである物理学という学問は、いつ、だれが、どのようにして考え出したものであろうか。十六世紀から現代まで、すぐれた頭脳の中に芽生えた物理学的思考の原型を探り、その曲折と飛躍のみちすじを明らかにしようとする。著者は本書の完成を目前に逝去、下巻は遺稿として刊行された。
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1979/5/21
- ファイルサイズ136085 KB
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登録情報
- ASIN : B081F4P6F1
- 出版社 : 岩波書店 (1979/5/21)
- 発売日 : 1979/5/21
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 136085 KB
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- - 252位物理学 (Kindleストア)
- - 813位岩波新書
- カスタマーレビュー:
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上位レビュー、対象国: 日本
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2023年10月31日に日本でレビュー済み
醍醐を頂に注ぐ!中学生・高校生・大学生・研究者一般それぞれに対し、きっと異なる読み応えがあるだろう。何度も読み直す価値がある。
2016年1月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
朝永振一郎さんが書いた『物理学とは何だろうか』が岩波新書から出ている。これは傑作だ。私は多くの人にそのことを伝えたいと思う。ぼくの世代では湯川さんや朝永さんと言えばノーベル物理学賞を受賞した有名な物理学者だということは知っている。でも、今の若い人たちは朝永振一郎を知らないかもしれない。まして、その著作だったりその思想に触れることはないと思う。だが、これからも長く朝永氏の学問や思想は読み継がれていってほしい。特にこの岩波新書の『物理学とは何だろうか』のような名著は。
根っからの文系人間であると自負しているぼくが物理の本を読んでいるのは、それは核発電の事故がきっかけであることは間違いない。こんなふうに、文系だからと開き直って、核発電のことなどよくわからないと言って大して行動もしてこなかった反省・自戒を込めて物理を勉強している。今ぼくは、核発電に反対の立場を取っているが、反対するにしても核発電の原理やそれを支える物理のことを多少はわかったうえで反対したい。そうでないと、推進派の安倍首相からは、何でも反対と言ってるだけじゃ明るい未来は来ないと言われてしまう。そうであれば、賛成派の人、特に権力と決定権がある方々もちゃんと核発電や物理のことを知ったうえで、賛成していると信じたい。しかし、川内原発を再稼働させた鹿児島知事さんが、数学なんて日常生活に関係ないなんて言う考えの持ち主であるのを知ると、推進派の人たちだって大して物理を知らないくせに安全であるはずだというのをうのみにして、賛成しているだけではないのですかと思ってしまう。朝永さんの『物理学とは何だろうか』を読むと、物理と数学の強い結びつきがわかる。学問や技術に対して真摯に向き合おうとせず、川内核発電を再稼働させた鹿児島知事のような姿勢では、そしてそのような姿勢こそ、事故を誘発させるものだと、私は思う。そもそも事故が起きても、偉い人は特権ですぐに国外に退避できるから別にいいやと思っているのだろうか。
さて、読んで感動したこの名著の紹介をしたい。まず、朝永さんは冒頭で物理学の定義をしている。それは「われわれを取り囲む自然界に生起するもろもろの現象―ただし主として無生物に関するもの―の奥に存在する法則を、観察事実によりどころを求めつつ追求すること」が物理学というものだとしている。このように定義することで、物理という科学以前の魔術、錬金術、占星術とを区別している。そしてこの物理以前と、物理を画する偉大な物理学者としてケプラーから上巻を始めている。この上巻第1章がぼくはすごいと思ったのだが、本巻の解説者によれば本当にすごいのは下巻の第3章だそうだ。でも物理学の基礎がどうできてきてそれがどう関連しているのかというのが初めて何となく理解できたのでぼくはこの上巻第1章もとても感動した。第1章は、ケプラーの宇宙観測から始まり、ガリレオとニュートンを取り上げている。この有名な3人は誰でも名前を知っているし、どの教科書にも出ている。しかし、この3人の考えたことがどうつながり、どのように発展してきたのかという内的な連関や有機的なつながりを、どの教科書だってこんなに鮮やかに示してくれることはできないだろう。やはり、朝永さん自身が一流の物理学者だったからだろう。ニュートンが偉いのは本当に誰だって知っているが、ぼくは、朝永さんのこの本を読んで初めて、ニュートンが物理学という学問において真に偉大な人だったというのを感じ取ることができた。
第2章そして下巻の3章は熱科学の進展を取り上げる。物理というと、素人のぼくなどは一足飛びに「核」に考えが行ってしまうのだが、熱科学や分子の格闘や取り組みがあったからこそ20世紀の核物理学へとつながるのだ。もちろんはじめは読んでいて気づかないし、熱科学の話は案外難しい、そして出てくる学者もガリレオやニュートンほどは、素人には有名な名前でないので、理解に苦労することもあるが、そのうちに朝永さんが描く『物理学』の構想の大きさに圧倒されてくる。「物理学」がいかに偉大な学問なのかということ、そしてその偉大さを伝える雄大な朝永さんの執筆構想。本当にスケールが大きい。しかし、残念なことに朝永さんの絶筆となり、第3章で終わってしまい20世紀の入り口までしか来なかったのである。そう、これから物理界のスーパースターであるアインシュタインが登場するところというその前で終わってしまったのである。本巻解説者によると、20世紀の量子物理学などについては、他の講演や著作で朝永さんはすでに十分取り組んでいたので、亡くなる直前まで力を入れていたのは第3章で、これは今まで物理学の歴史を描く著作ではこんな風に書かれたことはない傑作だということだ。第2章、3章はぼくなんかには難しいが、それでもこの章が傑作だということはなんとなくわかる。そして物理学の歴史としては、熱や分子に取り組んできたからこそ原子にたどり着くことができた絶対に必要な過程だということも理解できた。
つたないながら、2章、3章を紹介しよう。2章はワットの蒸気機関から入る。ワットは厳密には物理学者ではないが、ワットから入ったのは科学とその原理の応用について考えたいという朝永さんの大きな構想があったのだろう。2章ではカルノーの熱科学とエントロピーが話されている。エントロピーという概念は難しいが、エントロピーは必ず増大する一方だというのは生命ともかかわりがあることなのでこの概念についてはもっと今後知りたい。朝永さんは、カルノーの原理からどうやってエントロピーが導かれるのか、その内的関連を見事に説明してくれる。そして第3章ではドルトンの原子論から始まり、ボルツマン、マックスウエル、クラウジアスが登場してくる。マックスウエルと言えば電磁気の人かと思っていたが、分子の運動論にも大きな足跡を残した人だったのだ。この章では、ボルツマンが結局最後に自殺してしまうという話が印象的だった。物理の理論を作るのがそれほど苦悩を伴うものだということなのだ。ただし朝永さんが歴史家のように単なる発見の歴史や偉人のエピソードを紹介しているのではなく、あくまでも物理学を彩る綺羅星のようなスターの探求したことや彼らの苦闘を通して、『物理学とはどのような学問なのか?その本質はどのようなことなのか?』それを探求しているところが、この著作の偉大なところなのだ。
ぼくにとっては第3章で終わってしまうのは残念で、この先さらに物理学がどのように進展していくか、朝永さんが生きていてご自身もその歴史を作った20世紀の半ばまでの物理学の流れが知りたかった。だが、3章で絶筆になってしまった代わりに下巻には「科学と文明」という講演が収録されている。ぼくは思うのだが、もし朝永さんが生きていてチェルノブイリの事故やフクシマの事故を見たらなんと言うだろう。そんなふうに思わせるのは、朝永さんがここで探求しているのことが、科学と文明社会、つまり私たちとの生活のかかわりを考えているからだ。物理は自然を知り、その自然の中に隠れた物理法則を知ることである。(そして知ったことを記述するのに、ふつうの人間の言語は用いず、美しい数学という言語を用いる)だが、知って記述することだけに満足せず、実験で使われた自然を変える技術をうまく使えば、我々の欲望を満たすために自然を変えることも可能なのだ。産業革命当初の、ワットの蒸気機関発明などはまだかわいい方だったのかもしれない。科学の実地への応用は、人々の生活を便利に豊かにしてくれたから誰もそれが悪いものだということを疑う人はいなかった。だが、やがて戦争で使う兵器に応用され原子爆弾を生むようになった科学はどうだろう。手放しで科学を礼賛できる人はいないだろう。朝永さんの科学者として問題意識は、彼が生きた冷戦時代の米ソ対立の核危機によるし、そして彼は科学者として平和行動もしていた。「科学と文明」の問題は今だって決して解決されてはいない。本巻の解説者も書いていたが、朝永さんはそれは「読者への演習問題ですよ」といたずらっぽく笑っていられるかもしれない。
根っからの文系人間であると自負しているぼくが物理の本を読んでいるのは、それは核発電の事故がきっかけであることは間違いない。こんなふうに、文系だからと開き直って、核発電のことなどよくわからないと言って大して行動もしてこなかった反省・自戒を込めて物理を勉強している。今ぼくは、核発電に反対の立場を取っているが、反対するにしても核発電の原理やそれを支える物理のことを多少はわかったうえで反対したい。そうでないと、推進派の安倍首相からは、何でも反対と言ってるだけじゃ明るい未来は来ないと言われてしまう。そうであれば、賛成派の人、特に権力と決定権がある方々もちゃんと核発電や物理のことを知ったうえで、賛成していると信じたい。しかし、川内原発を再稼働させた鹿児島知事さんが、数学なんて日常生活に関係ないなんて言う考えの持ち主であるのを知ると、推進派の人たちだって大して物理を知らないくせに安全であるはずだというのをうのみにして、賛成しているだけではないのですかと思ってしまう。朝永さんの『物理学とは何だろうか』を読むと、物理と数学の強い結びつきがわかる。学問や技術に対して真摯に向き合おうとせず、川内核発電を再稼働させた鹿児島知事のような姿勢では、そしてそのような姿勢こそ、事故を誘発させるものだと、私は思う。そもそも事故が起きても、偉い人は特権ですぐに国外に退避できるから別にいいやと思っているのだろうか。
さて、読んで感動したこの名著の紹介をしたい。まず、朝永さんは冒頭で物理学の定義をしている。それは「われわれを取り囲む自然界に生起するもろもろの現象―ただし主として無生物に関するもの―の奥に存在する法則を、観察事実によりどころを求めつつ追求すること」が物理学というものだとしている。このように定義することで、物理という科学以前の魔術、錬金術、占星術とを区別している。そしてこの物理以前と、物理を画する偉大な物理学者としてケプラーから上巻を始めている。この上巻第1章がぼくはすごいと思ったのだが、本巻の解説者によれば本当にすごいのは下巻の第3章だそうだ。でも物理学の基礎がどうできてきてそれがどう関連しているのかというのが初めて何となく理解できたのでぼくはこの上巻第1章もとても感動した。第1章は、ケプラーの宇宙観測から始まり、ガリレオとニュートンを取り上げている。この有名な3人は誰でも名前を知っているし、どの教科書にも出ている。しかし、この3人の考えたことがどうつながり、どのように発展してきたのかという内的な連関や有機的なつながりを、どの教科書だってこんなに鮮やかに示してくれることはできないだろう。やはり、朝永さん自身が一流の物理学者だったからだろう。ニュートンが偉いのは本当に誰だって知っているが、ぼくは、朝永さんのこの本を読んで初めて、ニュートンが物理学という学問において真に偉大な人だったというのを感じ取ることができた。
第2章そして下巻の3章は熱科学の進展を取り上げる。物理というと、素人のぼくなどは一足飛びに「核」に考えが行ってしまうのだが、熱科学や分子の格闘や取り組みがあったからこそ20世紀の核物理学へとつながるのだ。もちろんはじめは読んでいて気づかないし、熱科学の話は案外難しい、そして出てくる学者もガリレオやニュートンほどは、素人には有名な名前でないので、理解に苦労することもあるが、そのうちに朝永さんが描く『物理学』の構想の大きさに圧倒されてくる。「物理学」がいかに偉大な学問なのかということ、そしてその偉大さを伝える雄大な朝永さんの執筆構想。本当にスケールが大きい。しかし、残念なことに朝永さんの絶筆となり、第3章で終わってしまい20世紀の入り口までしか来なかったのである。そう、これから物理界のスーパースターであるアインシュタインが登場するところというその前で終わってしまったのである。本巻解説者によると、20世紀の量子物理学などについては、他の講演や著作で朝永さんはすでに十分取り組んでいたので、亡くなる直前まで力を入れていたのは第3章で、これは今まで物理学の歴史を描く著作ではこんな風に書かれたことはない傑作だということだ。第2章、3章はぼくなんかには難しいが、それでもこの章が傑作だということはなんとなくわかる。そして物理学の歴史としては、熱や分子に取り組んできたからこそ原子にたどり着くことができた絶対に必要な過程だということも理解できた。
つたないながら、2章、3章を紹介しよう。2章はワットの蒸気機関から入る。ワットは厳密には物理学者ではないが、ワットから入ったのは科学とその原理の応用について考えたいという朝永さんの大きな構想があったのだろう。2章ではカルノーの熱科学とエントロピーが話されている。エントロピーという概念は難しいが、エントロピーは必ず増大する一方だというのは生命ともかかわりがあることなのでこの概念についてはもっと今後知りたい。朝永さんは、カルノーの原理からどうやってエントロピーが導かれるのか、その内的関連を見事に説明してくれる。そして第3章ではドルトンの原子論から始まり、ボルツマン、マックスウエル、クラウジアスが登場してくる。マックスウエルと言えば電磁気の人かと思っていたが、分子の運動論にも大きな足跡を残した人だったのだ。この章では、ボルツマンが結局最後に自殺してしまうという話が印象的だった。物理の理論を作るのがそれほど苦悩を伴うものだということなのだ。ただし朝永さんが歴史家のように単なる発見の歴史や偉人のエピソードを紹介しているのではなく、あくまでも物理学を彩る綺羅星のようなスターの探求したことや彼らの苦闘を通して、『物理学とはどのような学問なのか?その本質はどのようなことなのか?』それを探求しているところが、この著作の偉大なところなのだ。
ぼくにとっては第3章で終わってしまうのは残念で、この先さらに物理学がどのように進展していくか、朝永さんが生きていてご自身もその歴史を作った20世紀の半ばまでの物理学の流れが知りたかった。だが、3章で絶筆になってしまった代わりに下巻には「科学と文明」という講演が収録されている。ぼくは思うのだが、もし朝永さんが生きていてチェルノブイリの事故やフクシマの事故を見たらなんと言うだろう。そんなふうに思わせるのは、朝永さんがここで探求しているのことが、科学と文明社会、つまり私たちとの生活のかかわりを考えているからだ。物理は自然を知り、その自然の中に隠れた物理法則を知ることである。(そして知ったことを記述するのに、ふつうの人間の言語は用いず、美しい数学という言語を用いる)だが、知って記述することだけに満足せず、実験で使われた自然を変える技術をうまく使えば、我々の欲望を満たすために自然を変えることも可能なのだ。産業革命当初の、ワットの蒸気機関発明などはまだかわいい方だったのかもしれない。科学の実地への応用は、人々の生活を便利に豊かにしてくれたから誰もそれが悪いものだということを疑う人はいなかった。だが、やがて戦争で使う兵器に応用され原子爆弾を生むようになった科学はどうだろう。手放しで科学を礼賛できる人はいないだろう。朝永さんの科学者として問題意識は、彼が生きた冷戦時代の米ソ対立の核危機によるし、そして彼は科学者として平和行動もしていた。「科学と文明」の問題は今だって決して解決されてはいない。本巻の解説者も書いていたが、朝永さんはそれは「読者への演習問題ですよ」といたずらっぽく笑っていられるかもしれない。
2012年2月25日に日本でレビュー済み
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古典と言える本であるが、若い時に読んでおけばよかったと後悔するほどすごい本であると感じた。
物理系の研究を志す方はおそらくみなさん読んでおられるであろうと想像する。 未だの方には強くお勧めしたい。
学生の時に今一つ理解出来ていなかった処を、成程ノーベル賞を受ける方はこの様に説明するのかと感嘆しながら
読め、今更ながら謎が氷解したような気がした。 先人の苦労しながらたどった道を知ることは現在の理論の真髄
を理解するのにこれほど役に立つのかと再発見・・ばか丸出しで恥ずかしいところだが・・。
物理系の研究を志す方はおそらくみなさん読んでおられるであろうと想像する。 未だの方には強くお勧めしたい。
学生の時に今一つ理解出来ていなかった処を、成程ノーベル賞を受ける方はこの様に説明するのかと感嘆しながら
読め、今更ながら謎が氷解したような気がした。 先人の苦労しながらたどった道を知ることは現在の理論の真髄
を理解するのにこれほど役に立つのかと再発見・・ばか丸出しで恥ずかしいところだが・・。
2018年7月7日に日本でレビュー済み
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この本は下巻とともに、最初に発売されたときにベストセラーになったが、それから数十年たって読み直してみて、読むのにかなり根気のいる本だと感じました。朝永先生は数学が得意であられるせいか、ケプラーをガリレオより高く買っておられるが、やはり物理が観測結果があって初めて理論も有効になるのであり、その点が少し意見を異にするのは残念です。初歩の理系の学生が丁寧に読めば、考えることが身につくと思います。
2012年12月24日に日本でレビュー済み
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少し古いので焼けがありますが、綺麗な良品でした。ありがとうございます。息子の教材として買ってやりました。
2020年12月21日に日本でレビュー済み
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楽しく読ませて頂いております。
2022年1月30日に日本でレビュー済み
さすがの文体で明晰に内容がクリアに伝わります。さすがの内容です。物理学の基礎と歴史とを両方知りたい人にはオススメです。