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村瀬 孝生
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シンクロと自由 (シリーズ ケアをひらく) Tankobon Hardcover – July 11, 2022

by 村瀬 孝生 (著)
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◎介護現場から「自由」を更新する!

思いは違っても
体は勝手にシンクロしてしまう。
それを頼りに介護は始まった。

しかし、老人は抗う。
シンクロはズレはじめる。

そのときだ。
くっきりとした輪郭を持ったひとりの老人が
ぼくの目の前に現れたのは――。

「こんな老人ホームなら入りたい! 」と熱い反響を呼んだNHK番組「よりあいの森 老いに沿う」。その施設長が綴る、自由と不自由の織りなす不思議な話たち。
万策尽きて、途方に暮れているのに、希望が勝手にやってくる。誰も介護はされたくないし、誰も介護はしたくないのに、笑いがにじみ出てくる。しなやかなエピソードに浸っているだけなのに、気づくと温かい涙が流れている。
⇒珠玉というには面白すぎる、老人性アメイジングな物語集です。
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  1. Print length
    296 pages
  2. Language
    Japanese
  3. Publisher
    医学書院
  4. Publication date
    July 11, 2022
  5. Dimensions
    5.83 x 0.71 x 8.27 inches
  6. ISBN-10
    4260050516
  7. ISBN-13
    978-4260050517
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「所長、今、岡山まで行って、帰ってきたところ」
そう言いながら、玄関先で靴を脱いだ。
「岡山って、今ですか?」
時計に目をやると針は午前10時を指している。
「所長、そうだよ」
「また、なんで?」
「それが、不思議なことってあるもんだよ。所長。通帳がなくなってね。実はパリでなくしたの。それが、岡山の郵便局で見つかってさ。さっき連絡があったから、取りに行ってきた」
お爺さんは近所のコンビニにでも行ってきたような感覚で話す。

「岡山まで何に乗って行ったんですか?」
「自転車だよ、所長」
「えっ! 自転車で!? どのくらい時間がかかるものなんでしょうか?」
「いやぁ、休み、休みだからねぇ。1時間ぐらいかなぁ」

ちなみに、博多〜岡山間の所要時間は新幹線「のぞみ」で1時間40分。「こだま」で3時間20分。お爺さんは新幹線よりも早く移動している。ざっと計算すると、朝の6時〜7時に自宅を出て、岡山の郵便局で通帳を受け取ったあと、福岡に戻り、ぼくたちのところにやって来たことになる。

「お疲れじゃないですか? 新幹線よりも早く移動している可能性があるから」と聞いてみると、「所長、俺は自転車に乗り慣れてるからね。たいしたことないよ」とのことだった。
「新幹線より早く移動している可能性がある」というぼくの声は、お爺さんにどのように聞こえたのだろうか。返答からはうかがうことができなかった。

その後も、お爺さんは世界のいたるところで通帳を失った。
イタリア・ローマ、ドイツ・ボン、イギリス・ロンドン、スウェーデン・ストックホルムあたりは頭の中にある地図で見当がついた。キエフ、トリポリ、ラクナウになると追跡不可となる。「マダガスカルで通帳がなくなった」と聞いたときは世界旅行するにもほどがあると思った。
お爺さんは世界旅行の思い出と通帳探しがシンクロしはじめていた。

「所長、北極に郵便局があるって知ってた?」
「北極に郵便局って、日本の郵便局が北極にあるということですか?」
「そう、不思議なこともあるもんだよね。北極にあるなんてね」

お爺さんはとうとう北極まで旅をして、そこで通帳をなくしたとのこと。その郵便局で紛失届を提出したという。
「ところがね、所長。その通帳が岡山で見つかったの。不思議なんだよね。俺はいろんなところで通帳をなくすけど、全部、岡山で見つかるんだよ」

自分の創る「おはなし」に自分で不思議がる様子がぼくには不思議だった。あれは夢なのだろうか。夢にしては一貫して同じストーリーが繰り返されている。お国を変えながら。通帳探しのスタートは世界各国の都市や町から始まるのだが、ゴールは決まって岡山の郵便局だった。
岡山はお爺さんが大切にしている娘の嫁ぎ先だった。

About the Author


村瀬孝生(むらせ・たかお)

特別養護老人ホーム「よりあいの森」、「宅老所よりあい」、「第二宅老所よりあい」の統括所長。

1964年生まれ。東北福祉大学卒業後、出身地である福岡県飯塚市の特別養護老人ホームに生活指導員として8年勤務。
その後福岡市で、下村恵美子さんら女性3人が設立した「宅老所よりあい」にボランティアとしてかかわる。
よりあい設立の経緯については、鹿子裕文『へろへろ』(ちくま文庫)に詳しい。

著著に『おしっこの放物線』(雲母書房)、『ぼけてもいいよ』(西日本新聞社)、『増補新版 おばあちゃんが、ぼけた。』(よりみちパン! セ、新曜社)など。

Product Details

  • Publisher ‏ : ‎ 医学書院 (July 11, 2022)
  • Publication date ‏ : ‎ July 11, 2022
  • Language ‏ : ‎ Japanese
  • Tankobon Hardcover ‏ : ‎ 296 pages
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4260050516
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4260050517
  • Dimensions ‏ : ‎ 5.83 x 0.71 x 8.27 inches
  • Customer Reviews:
    4.7 4.7 out of 5 stars 51 ratings

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しがない主婦です
5.0 out of 5 stars アメイジング！介護、人間、そして生きること
Reviewed in Japan on January 27, 2024
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昨秋に、要支援だった90代の父が逝きました。
「人の世話になりたくない」と最後まで自立して生きることを望んだ父。排泄のコントロールができなくなり、トイレに無理矢理行かせようとする母に抵抗した父…

人間が最後まで自分らしく生きるとはどういうことか、介護する側がどうやって介護される側に関わるべきか、そんな問を抱えていたときにこの本を知り、いろいろな意味で心が楽になりました。

本書は、介護現場の悲惨を社会に突きつける話でもなく、かといって老人の日常をほのぼのと描くほんわかした話でもありません。著者の村瀬さんの施設で起こる高齢者とスタッフの日常が、まるでサスペンスかSF小説のように描かれる面白いエッセーです。

「私が私とシンクロする」「老人性アメイジング」…村瀬さんは、徘徊や認知症で意思の疎通が難しい高齢者に対して、時にドラマチックに、時に哲学的にアプローチしていきます。その思考の深さ、発想の奇抜さは、介護現場に関わる人だけが知る暖かさ、鋭さにあふれていて、何度もハッとさせられます。人間の心と体を理解するには、言葉や科学や社会制度では足りず、食べる、眠る、排泄するという身体的な関わり、私達が失ってしまったもっと原始的なものに遡るのでしょう。

介護職は過酷で、やさしい人が担う仕事というのは、外からのステレオタイプな思い込みだということにも気付かされました。「ぼくたちの社会は合法的に（要介護の高齢者を）抑制し隔離する場所を介護現場にこっそり求めている」という一文も心に刺さります。私達は介護や高齢者の日常をどこかで見て見ぬフリをしているのかもしれません。

介護に限らず、私達の世界は目を凝らすと、もっと驚きや感動に満ちているかもしれない…日常を誠実に生きていきたいと思わせてくれる本でした。

家族と自分自身と、そして日本社会の老いを見つめていかなければならないすべての人に、是非オススメしたい一冊です。
4 people found this helpful
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Amazon カスタマー
5.0 out of 5 stars 老いについて
Reviewed in Japan on October 8, 2022
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親の介護、自分の老後について、色々と考えさせられました。そしてこんな施設があり、とてもいいなぁと思いました。老いは必ず全ての人にやってきます。老後をどう過ごすのか？老いについて、とても考え深い本です。
2 people found this helpful
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くくくくままま
4.0 out of 5 stars 泣き笑いさせられるエピソードは多々あるが。
Reviewed in Japan on January 5, 2023
Verified Purchase
ホロリとさせられるエピソード、爆笑し、けれど泣き笑いになってしまうエピソードはたくさんあるが、タイトルの「シンクロ」や「自由」とそれらがどうつながるのか、私にはよく分からなかった。「はじめに」には「（介護される者とする者が）シンクロすることで生活行為における不自由は免れるのですが、何かに拘束されてしまい、自由を失っていくようにも感じられた(p.5)」という箇所があるが、そのあと正面切ってそのことを考察している箇所はないように思う。例えば、同じ「シリーズ ケアをひらく」でも『居るのはつらいよ』は、一貫して「居る」ことの意味を問うており、タイトルと内容がよくマッチしていると思ったのだが。
　著者がお母さんの介護について書いている箇所(pp.82-84)を読んで、年をとってひどく痒がっていた父や母の背中を掻いたりさすったり薬を塗ったりすればよかったと思う。著者と同様に父母の体に触ることに「言いようのない恥ずかしさと生理的な嫌悪(p.82)」を感じたわけだが、著者と違いそれを克服できなかったのだ。
　それにしてもこのシリーズは優れた著作が多い。
5 people found this helpful
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室井亜里
5.0 out of 5 stars 支援者の心がとても楽になる本でした
Reviewed in Japan on January 15, 2023
普段、ケアに関わっていて、辛いなと思う気持ちを楽にしてくれる癒される本でした！職員みんなで読みます。
3 people found this helpful
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@ikawa_arise ★4
4.0 out of 5 stars 認知症の高齢者介護の現場での出来事を共有し、老いについて考える機会を与えられる
Reviewed in Japan on July 31, 2022
福岡県で「宅老所よりあい」の代表を務める、老人介護職に長年携わってきた57歳の著者の介護経験を断片的に綴ったエッセイ集。全８章、約280ページで、各章で介護の現場で起きた印象的な出来事と著者の考察を伝える。改ページ・改行が多めで、全体にゆったりした構成となっている。

まえがきで著者が「エビデンス重視の時代と逆行する本だ」と紹介する本書は、介護について何かしら明確な正解やデータを提示しようというではなく、あくまで著者の個人的な体験の数々を読者と共有することで老いについて考える機会を与えてくれる。介護をするお年寄りにはぼけを抱えた人たちが多く、お年寄りと介護者のあいだでは日常的にすれ違いが起こる。しかし、そんなお互いに思いどおりにはならない関係はむしろ本来は当たり前のことであり、同時に介護を通してお年寄りと介護者の感覚が「シンクロ」する状態が立ち現れるのだという。

また、著者は長年の介護の経験から、ネガティブに捉えられることが一般的な「老い」にある別の側面にも着目する。老いには機能低下の文脈にはおさまらない躍動があり、「それは、これまでの社会生活で得た概念から解放されることで発揮され」るのだという。お年寄りは身体的にはどんどんと不自由になっていくのだが、そのことで結果として「時間と空間の概念からはますます自由になっていく」。それらを目にしてきた著者があとがきで記す「長生きしたいと思うようになりました」という思いは、もちろん死への恐怖からではなく、「老いて衰えることを実感したい」という主観的に体感する老いへの前向きな好奇心にある。

著者による介護の方針としては、本書内ではそれほど積極的にアピールされてはいないものの、お年寄りを束縛したり閉じ込めたりといった措置を避けることを大事にしていることが伝わる。この点は第５章にある、「語弊を恐れずに言えば、当事者にとっての悲劇は運悪く死んでしまうことよりも、他者から縛られたり、閉じ込められても抵抗できないまま生きていくことではないか」という著者の思いにはっきりと表れている。そして、個人的には自分自身が終末期を迎えた際のことを考えれば、このようなスタンスで運営されている介護施設が健全に成り立っているという事実に、暗いニュースが伝えられることも少なくない介護の現場への希望として映る。

「明日からの介護にすぐ役立つことはありません」と断りながらも、介護の現場の難しい場面や介護者の精神的なきつさについても隠さず伝える本書は、介護職を志す読者はもちろんのこと、全ての人はいずれ介護する・される可能性をもつことを考えれば、誰にとっても無縁ではない。身近な人が本書に登場するお年寄りと同じことが起きたり、もしくは自分自身がいずれはそのような立場に立つことを想像しつつ本書を読むことで、先取りして疑似的に体験する機会を与えてくれる有意義な著作だと思えた。
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笠間　睦
5.0 out of 5 stars 認知症のケアにおいては、科学面だけではなく感性の向上が求められます
Reviewed in Japan on July 23, 2022
Verified Purchase
認知症の人のケアにおいて「排泄」への関わりは大きな位置づけとなっています。
　個々の排泄のタイミングを知る際には、記録（データ）によって排泄間隔の目安をつけましょうということが基本となります。
　しかし著者の村瀬孝生さんは、「もちろん記録（データ）によって排泄間隔を知ることや、いい介護を実現するために意味や価値を追求する態度は必要である。けれども、介助者の意識が先立ちすぎると、老体の発するサインを拾う感受力が育たない」（96頁）と指摘しています。
　私は、2020年まで日本認知症学会の専門医でしたので、認知症のケアに関しても可能な限り科学的な解説を試みようとする習性があります。
　診断・治療などの領域とは違ってケアに関しては、どうしても理屈だけでは説明しきれない領域があり、そこをどう教育・指導するのかは私の中で未解決の問題です。
　村瀬孝生さんは、感受力を高めて認知症の人とシンクロし、シンクロがずれるたびに合意し直していくプロセスが大切であると説いています。
　科学的アプローチ以外の感性面からのアプローチについて学びを深めたい方にはお勧めの一冊だと感じました。
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