『泣いてちゃごはんに遅れるよ』(寿木けい著、幻冬舎)は、日々のちょっとした出来事から好きな作家や映画などへの思いを紡ぎ出すという、豊かな奥行きを感じさせるエッセイ集である。
例えば、「三月の蓑、八月の鯨」は、こんなふうだ。東京・有楽町で開催されていた物産展で買うのをすんでのところで思い止まった、藁で編んだ蓑と腰蓑。そして、新宿のデパートで受け取ったオーダーしていたワンピース。「家事や生活とはほど遠い、たっぷり波打つ夢のような布をまとって、私はどこへ行くでもない。はなから、家の中で着ようと思って買ったのだ。映画『八月の鯨』で見た、ベティ・デイビスとリリアン・ギッシュ演じる老いた姉妹が、髪と身なりを整えて過ごす暮らしぶりに、未来を想像しつつ憧れて――と言うにはまだ早すぎるけれど、月がきれいな夜には、こんな服で食事をしてみたい。このドレスに体を入れるたびに、あの、何かの手違いみたいに春の都会に連れてこられた蓑を思う。香りだけでも確かめておけば良かった。懐かしい、故郷にも溢れていた秋の香りを。同じひとりの女の中に、ドレスを着ている女と、蓑を着て歩いてみたいと思う女が同居している。蓑の香りなど知らないという顔をして肩をそびやかし、指輪を外した手を糠床に突っ込む。どちらが幻で、どちらが本当か。意外と地続きであるような気もする」。『八月の鯨』という映画を見たくなってしまった。
「桜の木、檸檬の木」には、こういう一節がある。「南の小さな庭には、桜の木が植えてあった。持ち主はこの地で、今以上に幸せになろうとして、木を植えたのだろう。幸せなときに植えられた木が、そうでない時に植えられた木より健康に咲くかどうかは分からないが、とにかく、越してからしばらくは桜は咲かなかった。詳しい夫が土をシャベルで点検しながら言う。『この土壌じゃあ、うまく育たないだろうなあ』。私は、前の住人は無知から植えたのではなく、万が一でも咲くかもしれないと木の力を信じたひとだったのではないかと思う。事実、私たちが住んでから三年めに、桜は初めて淡桃色の花をつけた。ヤマザクラだった」。私の実家のヤマザクラに思いを馳せてしまった。
「結婚小景」には、私の好きな須賀敦子、庄野潤三が登場する。「静かに生きることはそれほどやさしいことではない――作家の庄野潤三はこう書いた。庄野との出会いは、翻訳家で作家の須賀敦子による手引きだった。須賀は庄野の『道』を読んで強く心を動かされ、イタリアの友人たちに紹介したいと感じた。日本の名作から『道』を含む二十五編を、数年を費やして訳し、『Narratori giapponesi moderni(日本現代文学選)』にまとめあげて出版したのは一九六五年、東京に初めてオリンピックがやってきた翌年のことだった。・・・須賀敦子と庄野潤三という、推しふたりの人生に交わりがあったことも、うれしい」。私が庄野の『道』を読んだのも、須賀の手引きによるものだったので、不思議な縁を感じる。寿木けいが「好きな作品は、まず代表作の『夕べの雲』、それから『道』。ともに、子どものいる家庭を扱った物語だ」とあるので、『夕べの雲』も読みたくなってしまった私。
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泣いてちゃごはんに遅れるよ 単行本 – 2021/12/16
寿木 けい
(著)
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ままならない日も、涙に舵はとらせない。
料理、家族、仕事、社交。笑顔と涙、頑固と寛容、面倒と小さな喜び――。
女の人生のやりくりを描く25篇のエッセイ。
一生懸命生きてるのは、みんな同じじゃないですか
家のことに手をかけているとき、どういきていったら良いか――どう生きてはいけないか――ということだけは、分かっている気がする。(本文より)
台所から、生き方を考える。
『わたしのごちそう365』で話題の著者最新刊!
〈目次〉
・かまどの神様 自己紹介に代えて
・食いしん坊の心得
・ゴム手袋に告ぐ
・こたこたなもん
・三月の蓑、八月の鯨
・ルイさんの声
・二四〇〇年の家事
・不祝儀袋
・桜の木、檸檬の木
・手のひらの東京
・同級生
・新宿ケセラセラ
・終戦記念日のシュプレヒコール
・叱るという字、裁くという字
・日記
・ただ白いクロスを汚したくないだけ
・空飛ぶ手紙
・結婚小景
・ホテルニューオータニの朝
・母の長い春休み
・体との約束
・ブラック アンド ホワイト
・気働き
・木陰の贈り物
・泣いてちゃごはんに遅れるよ
料理、家族、仕事、社交。笑顔と涙、頑固と寛容、面倒と小さな喜び――。
女の人生のやりくりを描く25篇のエッセイ。
一生懸命生きてるのは、みんな同じじゃないですか
家のことに手をかけているとき、どういきていったら良いか――どう生きてはいけないか――ということだけは、分かっている気がする。(本文より)
台所から、生き方を考える。
『わたしのごちそう365』で話題の著者最新刊!
〈目次〉
・かまどの神様 自己紹介に代えて
・食いしん坊の心得
・ゴム手袋に告ぐ
・こたこたなもん
・三月の蓑、八月の鯨
・ルイさんの声
・二四〇〇年の家事
・不祝儀袋
・桜の木、檸檬の木
・手のひらの東京
・同級生
・新宿ケセラセラ
・終戦記念日のシュプレヒコール
・叱るという字、裁くという字
・日記
・ただ白いクロスを汚したくないだけ
・空飛ぶ手紙
・結婚小景
・ホテルニューオータニの朝
・母の長い春休み
・体との約束
・ブラック アンド ホワイト
・気働き
・木陰の贈り物
・泣いてちゃごはんに遅れるよ
- 本の長さ200ページ
- 言語日本語
- 出版社幻冬舎
- 発売日2021/12/16
- 寸法12.9 x 1.5 x 18.8 cm
- ISBN-104344038797
- ISBN-13978-4344038790
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商品の説明
著者について
エッセイスト・料理家。富山県出身。大学卒業後、出版社に勤務。編集者として働きながら執筆活動をはじめる。趣味ではじめたTwitter「きょうの140字ごはん」の反響がきっかけとなり、2017年に『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』を出版。他の著書に『閨と厨』『土を編む日々』などがある。
登録情報
- 出版社 : 幻冬舎 (2021/12/16)
- 発売日 : 2021/12/16
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 200ページ
- ISBN-10 : 4344038797
- ISBN-13 : 978-4344038790
- 寸法 : 12.9 x 1.5 x 18.8 cm
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- - 389位近現代日本のエッセー・随筆
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5 星
豊かな奥行きを感じさせるエッセイ集に出会った
『泣いてちゃごはんに遅れるよ』(寿木けい著、幻冬舎)は、日々のちょっとした出来事から好きな作家や映画などへの思いを紡ぎ出すという、豊かな奥行きを感じさせるエッセイ集である。例えば、「三月の蓑、八月の鯨」は、こんなふうだ。東京・有楽町で開催されていた物産展で買うのをすんでのところで思い止まった、藁で編んだ蓑と腰蓑。そして、新宿のデパートで受け取ったオーダーしていたワンピース。「家事や生活とはほど遠い、たっぷり波打つ夢のような布をまとって、私はどこへ行くでもない。はなから、家の中で着ようと思って買ったのだ。映画『八月の鯨』で見た、ベティ・デイビスとリリアン・ギッシュ演じる老いた姉妹が、髪と身なりを整えて過ごす暮らしぶりに、未来を想像しつつ憧れて――と言うにはまだ早すぎるけれど、月がきれいな夜には、こんな服で食事をしてみたい。このドレスに体を入れるたびに、あの、何かの手違いみたいに春の都会に連れてこられた蓑を思う。香りだけでも確かめておけば良かった。懐かしい、故郷にも溢れていた秋の香りを。同じひとりの女の中に、ドレスを着ている女と、蓑を着て歩いてみたいと思う女が同居している。蓑の香りなど知らないという顔をして肩をそびやかし、指輪を外した手を糠床に突っ込む。どちらが幻で、どちらが本当か。意外と地続きであるような気もする」。『八月の鯨』という映画を見たくなってしまった。「桜の木、檸檬の木」には、こういう一節がある。「南の小さな庭には、桜の木が植えてあった。持ち主はこの地で、今以上に幸せになろうとして、木を植えたのだろう。幸せなときに植えられた木が、そうでない時に植えられた木より健康に咲くかどうかは分からないが、とにかく、越してからしばらくは桜は咲かなかった。詳しい夫が土をシャベルで点検しながら言う。『この土壌じゃあ、うまく育たないだろうなあ』。私は、前の住人は無知から植えたのではなく、万が一でも咲くかもしれないと木の力を信じたひとだったのではないかと思う。事実、私たちが住んでから三年めに、桜は初めて淡桃色の花をつけた。ヤマザクラだった」。私の実家のヤマザクラに思いを馳せてしまった。「結婚小景」には、私の好きな須賀敦子、庄野潤三が登場する。「静かに生きることはそれほどやさしいことではない――作家の庄野潤三はこう書いた。庄野との出会いは、翻訳家で作家の須賀敦子による手引きだった。須賀は庄野の『道』を読んで強く心を動かされ、イタリアの友人たちに紹介したいと感じた。日本の名作から『道』を含む二十五編を、数年を費やして訳し、『Narratori giapponesi moderni(日本現代文学選)』にまとめあげて出版したのは一九六五年、東京に初めてオリンピックがやってきた翌年のことだった。・・・須賀敦子と庄野潤三という、推しふたりの人生に交わりがあったことも、うれしい」。私が庄野の『道』を読んだのも、須賀の手引きによるものだったので、不思議な縁を感じる。寿木けいが「好きな作品は、まず代表作の『夕べの雲』、それから『道』。ともに、子どものいる家庭を扱った物語だ」とあるので、『夕べの雲』も読みたくなってしまった私。
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2022年4月3日に日本でレビュー済み

『泣いてちゃごはんに遅れるよ』(寿木けい著、幻冬舎)は、日々のちょっとした出来事から好きな作家や映画などへの思いを紡ぎ出すという、豊かな奥行きを感じさせるエッセイ集である。
例えば、「三月の蓑、八月の鯨」は、こんなふうだ。東京・有楽町で開催されていた物産展で買うのをすんでのところで思い止まった、藁で編んだ蓑と腰蓑。そして、新宿のデパートで受け取ったオーダーしていたワンピース。「家事や生活とはほど遠い、たっぷり波打つ夢のような布をまとって、私はどこへ行くでもない。はなから、家の中で着ようと思って買ったのだ。映画『八月の鯨』で見た、ベティ・デイビスとリリアン・ギッシュ演じる老いた姉妹が、髪と身なりを整えて過ごす暮らしぶりに、未来を想像しつつ憧れて――と言うにはまだ早すぎるけれど、月がきれいな夜には、こんな服で食事をしてみたい。このドレスに体を入れるたびに、あの、何かの手違いみたいに春の都会に連れてこられた蓑を思う。香りだけでも確かめておけば良かった。懐かしい、故郷にも溢れていた秋の香りを。同じひとりの女の中に、ドレスを着ている女と、蓑を着て歩いてみたいと思う女が同居している。蓑の香りなど知らないという顔をして肩をそびやかし、指輪を外した手を糠床に突っ込む。どちらが幻で、どちらが本当か。意外と地続きであるような気もする」。『八月の鯨』という映画を見たくなってしまった。
「桜の木、檸檬の木」には、こういう一節がある。「南の小さな庭には、桜の木が植えてあった。持ち主はこの地で、今以上に幸せになろうとして、木を植えたのだろう。幸せなときに植えられた木が、そうでない時に植えられた木より健康に咲くかどうかは分からないが、とにかく、越してからしばらくは桜は咲かなかった。詳しい夫が土をシャベルで点検しながら言う。『この土壌じゃあ、うまく育たないだろうなあ』。私は、前の住人は無知から植えたのではなく、万が一でも咲くかもしれないと木の力を信じたひとだったのではないかと思う。事実、私たちが住んでから三年めに、桜は初めて淡桃色の花をつけた。ヤマザクラだった」。私の実家のヤマザクラに思いを馳せてしまった。
「結婚小景」には、私の好きな須賀敦子、庄野潤三が登場する。「静かに生きることはそれほどやさしいことではない――作家の庄野潤三はこう書いた。庄野との出会いは、翻訳家で作家の須賀敦子による手引きだった。須賀は庄野の『道』を読んで強く心を動かされ、イタリアの友人たちに紹介したいと感じた。日本の名作から『道』を含む二十五編を、数年を費やして訳し、『Narratori giapponesi moderni(日本現代文学選)』にまとめあげて出版したのは一九六五年、東京に初めてオリンピックがやってきた翌年のことだった。・・・須賀敦子と庄野潤三という、推しふたりの人生に交わりがあったことも、うれしい」。私が庄野の『道』を読んだのも、須賀の手引きによるものだったので、不思議な縁を感じる。寿木けいが「好きな作品は、まず代表作の『夕べの雲』、それから『道』。ともに、子どものいる家庭を扱った物語だ」とあるので、『夕べの雲』も読みたくなってしまった私。
例えば、「三月の蓑、八月の鯨」は、こんなふうだ。東京・有楽町で開催されていた物産展で買うのをすんでのところで思い止まった、藁で編んだ蓑と腰蓑。そして、新宿のデパートで受け取ったオーダーしていたワンピース。「家事や生活とはほど遠い、たっぷり波打つ夢のような布をまとって、私はどこへ行くでもない。はなから、家の中で着ようと思って買ったのだ。映画『八月の鯨』で見た、ベティ・デイビスとリリアン・ギッシュ演じる老いた姉妹が、髪と身なりを整えて過ごす暮らしぶりに、未来を想像しつつ憧れて――と言うにはまだ早すぎるけれど、月がきれいな夜には、こんな服で食事をしてみたい。このドレスに体を入れるたびに、あの、何かの手違いみたいに春の都会に連れてこられた蓑を思う。香りだけでも確かめておけば良かった。懐かしい、故郷にも溢れていた秋の香りを。同じひとりの女の中に、ドレスを着ている女と、蓑を着て歩いてみたいと思う女が同居している。蓑の香りなど知らないという顔をして肩をそびやかし、指輪を外した手を糠床に突っ込む。どちらが幻で、どちらが本当か。意外と地続きであるような気もする」。『八月の鯨』という映画を見たくなってしまった。
「桜の木、檸檬の木」には、こういう一節がある。「南の小さな庭には、桜の木が植えてあった。持ち主はこの地で、今以上に幸せになろうとして、木を植えたのだろう。幸せなときに植えられた木が、そうでない時に植えられた木より健康に咲くかどうかは分からないが、とにかく、越してからしばらくは桜は咲かなかった。詳しい夫が土をシャベルで点検しながら言う。『この土壌じゃあ、うまく育たないだろうなあ』。私は、前の住人は無知から植えたのではなく、万が一でも咲くかもしれないと木の力を信じたひとだったのではないかと思う。事実、私たちが住んでから三年めに、桜は初めて淡桃色の花をつけた。ヤマザクラだった」。私の実家のヤマザクラに思いを馳せてしまった。
「結婚小景」には、私の好きな須賀敦子、庄野潤三が登場する。「静かに生きることはそれほどやさしいことではない――作家の庄野潤三はこう書いた。庄野との出会いは、翻訳家で作家の須賀敦子による手引きだった。須賀は庄野の『道』を読んで強く心を動かされ、イタリアの友人たちに紹介したいと感じた。日本の名作から『道』を含む二十五編を、数年を費やして訳し、『Narratori giapponesi moderni(日本現代文学選)』にまとめあげて出版したのは一九六五年、東京に初めてオリンピックがやってきた翌年のことだった。・・・須賀敦子と庄野潤三という、推しふたりの人生に交わりがあったことも、うれしい」。私が庄野の『道』を読んだのも、須賀の手引きによるものだったので、不思議な縁を感じる。寿木けいが「好きな作品は、まず代表作の『夕べの雲』、それから『道』。ともに、子どものいる家庭を扱った物語だ」とあるので、『夕べの雲』も読みたくなってしまった私。
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2023年2月5日に日本でレビュー済み
文章を紡ぐ言葉が独特、というか恥ずかしながら辞書を引きながらでないと読めない単語、知らなかった言葉が多数(私が言葉を知らないだけというのも)。
ことエッセイだと、寿木さんの本は知的な女性らしいしなやかさの中に、ピリリ!と辛い山椒や唐辛子が入っている、という感じ(伝わりますかね)。
特にご主人から愛されて大切にされているのだな、と端々に感じます。
ことエッセイだと、寿木さんの本は知的な女性らしいしなやかさの中に、ピリリ!と辛い山椒や唐辛子が入っている、という感じ(伝わりますかね)。
特にご主人から愛されて大切にされているのだな、と端々に感じます。
2024年1月2日に日本でレビュー済み
寿木けいさんのスパッとした切れ味のいい文章は大好きなのですが、この本にはスパっというより力まかせにグッサリ刺すようなものを感じてしまいました。
たとえば、妻や母であることは、髪や爪みたいなもので(=あって当たり前)、仕事こそが自分を自分たらしめるとうような文章には傲慢さすら感じました。一方で、子供を産んだことがない友人の出産&子育てへの無理解をなげき...
私は働いて、子育てもして家事もして、そんな中、ソワレ姿で銀座の街を走って女子会に向かう日もある。私は強いの、すごく頑張ってるの、そんな叫びが全編から立ち上ってくるようでした。
もちろんそう思うことは個人の自由ですが、読んでて息苦しいのです。
実を言えば、そう感じるのは私自身がずっと同じような生き方をしてきたなのかもしれません。仕事がなければ自分の存在意義がないと思っていたし、専業主婦の友人を見て不安じゃないの?と密かに心配していたほどでした。
でも、しばらく仕事を離れてみてわかりました。仕事がなくても私は私。そんなに肩肘を張って生きていたらいつか破綻してしまいます。ままならない日は涙に舵をとらせていいのだと思います。いっとき、泣いてまた立ち上がったらいいのです。
たとえば、妻や母であることは、髪や爪みたいなもので(=あって当たり前)、仕事こそが自分を自分たらしめるとうような文章には傲慢さすら感じました。一方で、子供を産んだことがない友人の出産&子育てへの無理解をなげき...
私は働いて、子育てもして家事もして、そんな中、ソワレ姿で銀座の街を走って女子会に向かう日もある。私は強いの、すごく頑張ってるの、そんな叫びが全編から立ち上ってくるようでした。
もちろんそう思うことは個人の自由ですが、読んでて息苦しいのです。
実を言えば、そう感じるのは私自身がずっと同じような生き方をしてきたなのかもしれません。仕事がなければ自分の存在意義がないと思っていたし、専業主婦の友人を見て不安じゃないの?と密かに心配していたほどでした。
でも、しばらく仕事を離れてみてわかりました。仕事がなくても私は私。そんなに肩肘を張って生きていたらいつか破綻してしまいます。ままならない日は涙に舵をとらせていいのだと思います。いっとき、泣いてまた立ち上がったらいいのです。
2022年10月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
みんな頑張って生きてる。
そういうことがじわじわと力強く伝わってくる文章です。
働くことが、子育てが、家事が、、なんかもう、しんどいってわけじゃないけど、
ふと、これでいいのか?って思うとき、そういう気持ちを抱えているとき、
「大丈夫大丈夫」と言ってもらえたみたいです。
うっかり泣いてしまいました。
とてもいい読み物でした。
そういうことがじわじわと力強く伝わってくる文章です。
働くことが、子育てが、家事が、、なんかもう、しんどいってわけじゃないけど、
ふと、これでいいのか?って思うとき、そういう気持ちを抱えているとき、
「大丈夫大丈夫」と言ってもらえたみたいです。
うっかり泣いてしまいました。
とてもいい読み物でした。