本作品はドイツの作家フリードリヒ・シラーの「ドン・カルロス」の翻訳で、２０２１年に行われた公演（演出：深作健太）のための上演台本である。そのため、原作から幾人か登場人物を減らし、カットされた場面や台詞もある、ということはまず前提として理解しておくべきかと。
つまり、いわゆる文学としての翻訳ではなく、上演されること・役者が声に出して演じることを前提とした翻訳である。むしろ読者にとっても、その方が読みやすい（脳内再生しやすい）のではないだろうか。私自身、原作を読んだこともなければ、カルロスやフェリペ２世のこともよく知らなかったが、問題なく楽しめた。
近年はコンテンツが過剰供給気味で、どれだけ面白くても同じ作品を何度も見返すことが少なくなったが、演劇という「その場限り」の作品を反芻するために、「戯曲・台本を読む」という観劇とは別の楽しみ方が用意されているというのはむしろ贅沢なことかもしれない。
実際の上演台本ということもあり、劇伴を流すきっかけやマイクを通して語る台詞の指定も書き込まれているし、役者が演技の中で強調すべき単語が何度も括弧書きで現れるので、演出家の意図や上演時のテーマを知る手助けにもなるだろう。
さて、肝心の物語の中身について語るなら、面白さの鍵を握るのはなんといってもロドリーゴ（ポーサ侯爵）であろう。彼は史実には登場しない、シラーによる創作（つまりオリキャラ）で、カルロスとフェリペ２世の歪な親子関係をさらに掻き乱していく。
フェリペが息子カルロスの許嫁エリザベートを自分の妻にしてしまったせいで、カルロスは母親に恋をする＝エディプス・コンプレックス状態に陥ってしまう。カルロスのエリザベートへの強い愛が物語を動かす原動力になるのだが、その一方で、孤独に苛まれたフェリペは心から信頼できる友を求める。その相手に選ばれたのが、カルロスの親友ロドリーゴなのだ。
フェリペ・エリザベート・カルロスの三角関係に、フェリペ・ロドリーゴ・カルロスの三角関係が重なる。息子から許嫁を横取りした時でさえ感じることのできなかった「初恋」が、王の心を狂わせる。
ロドリーゴとは一体、何者なのか？ シラーがこの役に託したものとは？ ぜひそこに注目して楽しんで頂きたい。
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