シャーリー・ジャクソンの『くじ』は、現在の日本では、シャーリー・ジャクソンの代表的な短編集として認知されており、タイトルになっている「くじ」は傑作として知られているが、
ここでは、この文庫本の最後に収録されている、深町眞理子氏の、
「駆けだしのころー解説にかえてー」というテキストについて、特に書いておきたい。
こういう、時代の証言者のようなものは、貴重なものであり、
実際、シャーリー・ジャクソンの「くじ」の、日本における出版の歴史のようなものを、ググっても、
初めて雑誌掲載された時には、翻訳者としては福島正実氏名義だったということまでは、ヒットしない。
シャーリー・ジャクソンの『くじ』は、深町眞理子氏の、翻訳者としての処女訳作品であるが、
このハヤカワ文庫版『くじ』は、深町眞理子氏による、四十一年以上前の訳の徹底的な改訳である。
特に、
「それともう一つ、大昔のことゆえ、フカマチマリコさんもずいぶん”ものを知らな”かった。」
として、
「さらに恥ずかしいことに、元版の「訳者あとがき」で、訳者はこう書いているーー”このエピローグとして掲げられた一篇の詩が、作者の創作にかかるものか、あるいは古くからあったのを作者が引用したものかーー原文にはかなり古い英語が用いられているーーは、浅学にしてよくわからない。どなたかご教示いただければさいわいである”。いやはや。ただ、これは負け惜しみかもしれませんが、当時、福島氏をはじめ、先輩諸氏のどなたからもこれについてダメは出ませんでしたし、まちがっていると”ご教示”くださったかたも皆無。チャイルドの本が、世間全般にはさほど知られていなかったのだと自分を慰めるべきなのか、それとも、反応皆無なほどに『くじ』が読まれなかったのだと落胆すべきなのか。複雑なところです。」
という部分は、これを読むためだけでも、この本を買う価値があるほど、胸に迫るものがある。
現代の日本であれば、こういった情報については、インターネットで簡単に調べられるのだが、
インターネットがインフラになる以前の時代は、こういった情報を入手するのは困難だった。
しかも、
「先輩諸氏のどなたからもこれについてダメは出ませんでしたし」
という箇所は、
当時の日本人の英語力の低さに加えて、
こういう状況で翻訳に取り組まなければならなかった、深町眞理子氏の心情を思うと、
今回のハヤカワ文庫版の改訳『くじ』は、深町眞理子氏にとっては、
エイハブ船長の片足を食いちぎったモビー・ディック(白鯨)のようなもので、
それに対する報復なしには、人としての矜持を保てないようなものであり、
今回の改訳が出版されたことで、ようやく過去の自分を許せる、といったものではないだろうか。
私自身、欧文のテキストを入手するには、丸善のような洋書を扱っている書店で何ヶ月も待って輸入してもらうか、神田神保町のような古本街で探すか、
学術雑誌総目録で調べて、国内の図書館で所蔵しているところがあれば、
国会図書館は当然として、自分の大学の図書館の司書さんに紹介状を書いてもらって、普段であれば入れないような「女子大」にまで、コピーを取らせてもらいに通ったし、
UMI論文だと、雄松堂書店を通して、ゼロックスコピー版を送ってもらうか、
ニューヨークにある、その分野に特化した古本屋からカタログを送ってもらって、個人で輸入する、ということが中心だったし、
とにかく、基本文献のようなものも含めて、情報の入手が困難だった時代を覚えている。
インターネットそのものは、1980年代には作られていたが、1990年代だと、「常時接続」できたわけではなかったし、
インターネット上にあるデータベースにアクセスするために、日本橋の丸善に頼んで、項目が列挙された程度のものをプリントアウトしてもらうだけでも、とんでもなく高い値段だったことを覚えているし、
仕事でも、メールではなくFAXでのやり取りだったことを考えると、現在の状況は本当に楽になったと思う。
私が、アマゾンや電子書籍化を支持するのは、
紙の本のかたちでも入手が楽だし(古本であっても、日本中・世界中の古本屋から探せる)、
家の中が紙の本で埋まる、という状況から開放されるだけでなく、
インターネット以前は、今にして思うと非常に高価だった洋書を、
現在であれば、安く簡単に入手できるので、
当時の「恨み」をはらせる、といった感情があることも否定できない。
現在の、インターネット環境が当たり前に生まれた時からインフラとして存在している世代には、想像しづらいと思うが、
英語の文献のようなものであれば、自分が語学を学びさえすれば、容易に読めるものが簡単に入手できる時代とは異なり、
基本文献の存在を知ることさえ困難だった時代に、
翻訳者としてのキャリアをスタートさせた、深町眞理子氏の、記念すべき処女訳作品の改訳版である本書は、
それを思いながら読むと、
深町眞理子氏のような優れた翻訳者の存在のありがたみが実感できるものであり、
シャーリー・ジャクソンによる原作の面白さとともに、
読書の喜びを味わえるものとして、お薦めできるものである。
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くじ (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 2016/10/21
シャーリイ・ジャクスン
(著),
深町 眞理子
(翻訳)
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購入オプションとあわせ買い
宮部みゆき氏推薦。鬼才の傑作短篇集がついに文庫化
毎年恒例のくじ引きのために、村の皆々が広場へと集まった。子供たちは笑い、大人たちは静かにほほえむ。この行事の目的を知りながら……。発表当時から絶大な反響を呼び、今なお読者に衝撃を与える表題作ほか二十二篇を収録。本書で描かれるのは、一見ありふれた日々の営み。そして、その被膜から滲む人間の悪意、嫉妬、嘲笑、絶望……。鬼才ジャクスンの容赦ない筆によって引き出された黒い感情の数々が、あなたの心に爪を立てる。
収録作品
酔い痴れて
魔性の恋人
おふくろの味
決闘裁判
ヴィレッジの住人
魔女
背教者
どうぞお先に、アルフォンズ殿
チャールズ
麻服の午後
ドロシーと祖母と水兵たち
対話
伝統あるりっぱな事務所
人形と腹話術師
曖昧の七つの型
アイルランドにきて踊れ
もちろん
塩の柱
大きな靴の男たち
歯
ジミーからの手紙
くじ
毎年恒例のくじ引きのために、村の皆々が広場へと集まった。子供たちは笑い、大人たちは静かにほほえむ。この行事の目的を知りながら……。発表当時から絶大な反響を呼び、今なお読者に衝撃を与える表題作ほか二十二篇を収録。本書で描かれるのは、一見ありふれた日々の営み。そして、その被膜から滲む人間の悪意、嫉妬、嘲笑、絶望……。鬼才ジャクスンの容赦ない筆によって引き出された黒い感情の数々が、あなたの心に爪を立てる。
収録作品
酔い痴れて
魔性の恋人
おふくろの味
決闘裁判
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魔女
背教者
どうぞお先に、アルフォンズ殿
チャールズ
麻服の午後
ドロシーと祖母と水兵たち
対話
伝統あるりっぱな事務所
人形と腹話術師
曖昧の七つの型
アイルランドにきて踊れ
もちろん
塩の柱
大きな靴の男たち
歯
ジミーからの手紙
くじ
- 本の長さ432ページ
- 言語日本語
- 出版社早川書房
- 発売日2016/10/21
- 寸法10.6 x 1.7 x 15.7 cm
- ISBN-104151823018
- ISBN-13978-4151823015
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商品の説明
著者について
1916年サンフランシスコ生まれ。1943年ごろから雑誌に作品を発表する。 1948年に《ニューヨーカー》誌に掲載された「くじ」は、その強烈な内容にショックを受けた読者から投書が殺到するなど 大きな反響を呼ぶ。他の主な著作に長篇小説『山荘綺談』『ずっとお城で暮らしてる』、個性的な育児エッセイ『野蛮人との生活』などがある。 1965年死去。
登録情報
- 出版社 : 早川書房 (2016/10/21)
- 発売日 : 2016/10/21
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 432ページ
- ISBN-10 : 4151823018
- ISBN-13 : 978-4151823015
- 寸法 : 10.6 x 1.7 x 15.7 cm
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2023年10月25日に日本でレビュー済み
2017年3月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
帯にある「黒い感情がにじみ出す~」との言葉通り、
人の心の底の異常な部分をじんわりと匂わせるような、
不条理がただよう作品集。底意地の悪いストーリー
ばかりが並び、下手なホラー小説よりも読者によっては
嫌悪感が強いかもしれない。
個人的には有名な表題作よりも、「魔性の恋人」の一篇の
ほうが印象的。
人の心の底の異常な部分をじんわりと匂わせるような、
不条理がただよう作品集。底意地の悪いストーリー
ばかりが並び、下手なホラー小説よりも読者によっては
嫌悪感が強いかもしれない。
個人的には有名な表題作よりも、「魔性の恋人」の一篇の
ほうが印象的。
2022年11月9日に日本でレビュー済み
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1日遊んだ帰り道。
誰にも見られないだろう。
パンプスを脱ぎ、ぺたぺたと歩く。
ひんやりとしたアスファルトが心地よい。
家まであと25メートル。
おっさんが吐いたであろう痰を踏み抜き滑る。
そんな気持ちになれる本。
誰にも見られないだろう。
パンプスを脱ぎ、ぺたぺたと歩く。
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2018年5月29日に日本でレビュー済み
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タモリの世にも奇妙な物語の原形の様な小説です。短編はプロテスタントのキリスト教教育に使われています。リベラル教育に力を発揮するようです。
2016年10月25日に日本でレビュー済み
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本書は、1964年10月に早川書房から<異色作家短編集>として刊行され、1976年6月に改訂新版、2006年1月に新装版として刊行されたものを文庫化したものです。
表題作の「くじ」
話の展開は奇妙なほど平凡なのだが、その平凡さを飽きさせない職人芸とも言える語りのうまさ。そして恐怖が結末の数行に凝縮され、読み終わった後に本当の恐怖を実感することになる。
その他いくつか感想をご紹介します。
「悪女」
始めから終わりまで不穏な緊張感が溢れる。お勧めです。
「対話」
問題はおおむね疎外する側にあるのだが。
「人形と腹話術師」
唐突といえるほどの結論なのだが不思議と受け入れられる。
「背信者」
最後の残酷さと静謐さの対比が秀逸。
表題作の「くじ」
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唐突といえるほどの結論なのだが不思議と受け入れられる。
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2016年11月2日に日本でレビュー済み
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SFでもホラーでもない、だけど日常生活で起こる奇怪な話にぐいぐい引き込まれます。隣人の秘密に触れてしまったようなドキドキワクワク感と一癖ふた癖ある登場人物とセリフ回しがこれまた面白く読者を物語にどんどん引き込んでくれます。
読書にマンネリを感じている方々にこそ是非手に取ってもらいたい小説です。
読書にマンネリを感じている方々にこそ是非手に取ってもらいたい小説です。
2017年1月30日に日本でレビュー済み
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嫌な気持ちにさせられる話ばかりで、読み進める毎に気が滅入ってくるので、途中でやめました。
2018年11月1日に日本でレビュー済み
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おそらくこの本を買う99%の人は表題作を目当てに買うと思うんだけど、
何でラストに持って来るかなあ・・・・。
短編集の良い所は、目当ての作品以外にもサクッと自分に合った良作を
見つけられるメリットがあって、ちょうど、アルバムを聴く感覚に近いかもしれない。
であれば、それをラストに持ってくるのは、そういった楽しみを放棄するどころか
おざなりに他を読み飛ばしてしまうリスクもある。そもそもラストだと浮くだろこれ。
こういうのって読む側の視点になればすぐわかりそうなものだけれど、
編集側のレベルの低さを嘆くしかない。作品も翻訳も良いだけに残念。
作品の話をすると、名作「くじ」はさておいて、他も面白い。
よく奇妙な味とか、日常と非日常の境界とか紹介されているけど、
個人的には日常に非日常がちょこんといる、って感じかな。
モーパッサンとか、フランス文学と相性が良いかなと思う。
家具を買いに行く話とか、あの毒にも薬にもならない感覚。
逆に言うと、サキとは似て非なるもの。
サキ好きな人は、意外とジャクソン合わないかもしれない。知らんけど。
何でラストに持って来るかなあ・・・・。
短編集の良い所は、目当ての作品以外にもサクッと自分に合った良作を
見つけられるメリットがあって、ちょうど、アルバムを聴く感覚に近いかもしれない。
であれば、それをラストに持ってくるのは、そういった楽しみを放棄するどころか
おざなりに他を読み飛ばしてしまうリスクもある。そもそもラストだと浮くだろこれ。
こういうのって読む側の視点になればすぐわかりそうなものだけれど、
編集側のレベルの低さを嘆くしかない。作品も翻訳も良いだけに残念。
作品の話をすると、名作「くじ」はさておいて、他も面白い。
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個人的には日常に非日常がちょこんといる、って感じかな。
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