下級武士の子の新島七五三太(しめた)が国禁の海外渡航を実現し、やがてキリスト教新興国アメリカの自由主義の精神と価値観を体得した新島 襄となって帰国する半生を、本書は、四部構成（１．学問好きの少年、２．洋学へのあこがれ、３．海外への脱出、４．西洋の精神を学ぶ）で描く。
一昔前に吉田松陰が果たせなかった海外渡航。四年前の万延元年（1860年）に日米修好通商条約の批准書交換目的で派遣された遣米使節団では、任命された旗本らは家族に永別を告げて戒名位牌を残し、家財処分で拵えた手許資金を懐に出立したらしい（『幕末遣外使節物語』）。
志に殉じた脱藩が叶わぬ身を嘆いた新島青年は、鬱勃たる向学心に衝き動かされて漢学を学び、蘭学に熱中し、幕府軍艦教授所に通い航海術を学んだ。友人の伝手で上海便商船に潜り込んだ新島は、ついに元治元年（１８６４年）６月１４日、箱館港から役人の目を盗んで幕末日本を脱出。この密航者は、上海で別の米国行き商船の船長を紹介され、船員服（洋服）に身を包む船長付ボーイ「ジョー」に生まれ変わる。
ハワイ経由で太平洋を突き切った咸臨丸と異なり、この商船（ワイルド・ローバー号）はマラッカ海峡を抜け、インド洋からアフリカ喜望峰を廻って大西洋を縦断し、ボストン港を目指したので、洋上生活が１年以上に亘る大航海だったらしい。
尽力した友人知人たち、親切な米国人船長たち、そして他人に奉仕するピューリタンらしい献身精神に溢れた船主ハーディー夫妻とボストンで邂逅したこと、すべてが新島の純粋な情熱がもたらした「幸運」だったに違いない。
日本にキリスト教主義の大学を創り後進の若人たちを育てたいという途轍もない夢の実現に向かって小さな一歩を踏み出した新島の熱意が、海外伝道支援組織アメリカン・ボード年次大会での無名の日本人による演説直後に寄付金申し出が退きも切らぬ「感動」の「奇跡」を呼び起こす。
故国の若者にも自らの幸運を分かち合いたいという新島の行動力に、古き良き時代のキリスト教徒に不可欠とされた奉仕と博愛の精神を視た思いがする。
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