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供養には意味がある ~日本人が失いつつある大切なもの~ 新書 – 2023/4/13
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終活ブームの中で簡素、簡略、小規模化が急速に進む日本の供養。しかし、忘れてはいけない大切なものがある。
日本人はどのように故人を追悼し、供養してきたのか。そこにはどのような意味があるのかを考える。
日本初の終活季刊誌『終活読本ソナエ』(産経新聞出版)掲載の連載などを再構成。
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社産経新聞出版
- 発売日2023/4/13
- 寸法17.3 x 11.2 x 1.3 cm
- ISBN-104863061676
- ISBN-13978-4863061675
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出版社より

商品の説明
レビュー
終活ブームの中で簡素、簡略、小規模化が急速に進む日本の供養。しかし、忘れてはいけない大切なものがある。
日本人はどのように故人を追悼し、供養してきたのか。そこにはどのような意味があるのかを考える。
日本初の終活季刊誌『終活読本ソナエ』(産経新聞出版)掲載の連載などを再構成。
主な内容
■第1章 葬儀に迷う日本人・・・・・・「家族葬」の罪と罰
■第2章 コロナ禍が供養の姿を変えた……葬儀崩壊を起こすな
■第3章 「供養の心」を季節に重ねる……8月は死者を想う月
■第4章 忘れてはいけない供養の日……「追悼」と「記念」、「周年」と「年」
■第5章 死とグリーフ……『鬼滅の刃』にみる供養のあり方
■第6章 「供養心」の源泉……「遺体」と「死体」の違い
■第7章 あなたのことを忘れない……石原慎太郎氏、安倍晋三氏らの旅立ち
著者について
作家、九州国際大学客員教授。(一財)冠婚葬祭文化振興財団副理事長、(株)サンレー代表取締役社長。(一社)全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)のグリーフケアPT座長として資格認定制度を創設。1963年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。『老福論』『葬式は必要!』『愛する人を亡くした人へ』など著書は100冊以上。
登録情報
- 出版社 : 産経新聞出版 (2023/4/13)
- 発売日 : 2023/4/13
- 言語 : 日本語
- 新書 : 224ページ
- ISBN-10 : 4863061676
- ISBN-13 : 978-4863061675
- 寸法 : 17.3 x 11.2 x 1.3 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 357,370位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について

一条 真也(いちじょう しんや)
1963年北九州市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。作家、(株)サンレー代表取締役社長。大手冠婚葬祭会社の経営者として、新時代の冠婚葬祭サービスの提供はもちろん、婚活プロデュース、グリーフケアの普及、有縁社会を再生するための「隣人祭り」の推進、さらには介護事業のイノベーションなどに精力的に取り組んでいる。また、「人間尊重」思想を広めるべく「天下布礼」の旗を掲げて、作家「一条真也」として旺盛な執筆活動を続ける。「ハートフル」という言葉を時代のキーワードにした処女作『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)をはじめ、作家として幅広いテーマで多くの著書を上梓。2008年、北陸大学客員教授に就任し、「孔子研究」「ドラッカー研究」を教える。2012年、第2回「孔子文化賞」を稲盛和夫氏らと同時受賞。2014年、全国冠婚葬祭互助会連盟会長に就任。同年、九州国際大学客員教授に就任。2018年、上智大学グリーフケア研究所客員教授に就任。
一条真也公式サイト https://heartful-moon.com/
一条真也公式ブログ https://shins2m.hatenablog.com/
イメージ付きのレビュー

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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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幸福な生活を送ることができると考えていたとあります。
たしかに私は実家の仏壇に手を合わせる時、心の中で繰り返すことは
「いつも見守ってくれてありがとうございます」という
感謝の気持ちであることに気付きました。
これは子どもの頃から両親や祖父母から言われ続けていたことで
特に意識していたわけではありません。
しかし、この感謝の理由のヒントが本書には書き記されていました。
それは一条真也氏が加地伸行氏と対談した際の考察で、
「先祖があるから自分が存在し、自分という個体が消滅しても
子孫があれば生命は続いていく。遺体とは人間の死んだ
体のことではなく、自分がこの世に残していった体、
すなわち子孫なのである」というものです。
自分の存在に目を向けた時、先祖があるからという理由だけでは
肉体的な存在の証明にしかなりません。
しかし、この先祖から自分を経て子孫に繋がっていく
連続した生命という考え方は胸に引っ掛かっていたものが
ストンと腑に落ちる感覚で新鮮でした。
同時に、私の中に少なからずあった死の恐怖のようなものは
いつの間にかなくなってしまいました。
無数の先祖たちの血が子孫の一人である自分の血液の中に流れており、その自分は家族や親族だけの所有物ではなく多くの人々の「縁」によって支えられている社会的存在であるということ。時間軸で自分を支えてくれる「先祖」は「血縁」であり、空間軸から支えてくれる「隣人」は「地縁」であり、この二つこそ人間にとっての「幸福」の正体である。
「迷惑」という建前の背景の「面倒」という本音。迷惑をかけたくないがために、人間関係が希薄化し「つながり」や「縁」で形成されている社会の無縁化が進行しているということに危機感を覚えました。先祖や子孫への「まなざし」というとても大事なものを失ってしまった今こそ、「血縁」や「地縁」の重要性を訴え、有縁社会を再生する必要があるということが深く理解できました。
そして、さまざまな関係性が薄れていく中で増加した家族葬もまた「無縁社会」を一層深刻化している要因であるということ。それには死者をどのように弔うかという「葬」が重要なのであり、「葬」とは死者と生者との豊かな関係性を指すことであり、死者を弔う行為は「人の道」そのものだという事が分りました。
また、葬儀は「人生の卒業式」という未来への旅立ちのセレモニーで、ひとりの人間にとって究極の「自己表現」となっていくということ。さらに葬儀という営みは故人の魂を送ることだけではなく、残された人々の魂にも生きるエネルギーを与える。もし葬儀が行わなければ、遺族の心には大きな穴が開き、自死の連鎖、それは「人が人でなくなる」ということでもある事に衝撃を受けました。
葬儀という「かたち」には人間の「こころ」を守るという「ちから」があり、人類の滅亡を防ぐ知恵であり、それはつまり人類の存在基盤である。「礼欲」という人間の本能の発露でもある葬儀は、政治・経済・哲学・芸術・宗教など、すべてを超越するという凄さ。葬儀によって、「人」は「仏」となり「成仏」という永遠の命を得るということは、葬儀とは「不死」のセレモニーであり、無限の存在に転化させるシステムである。それはまさに「永遠」こそ葬儀の最大のコンセプトであり、人は永遠に生きるために葬儀を行うのであると確信できました。
「葬式仏教」「先祖供養仏教」と言われる日本仏教が日本人の中でも、特に一般庶民の「死後の安心」や先祖をはじめとした「死者の供養」という宗教的欲求を満たしてきたこと。さらに仏教は月の力を利用して意識をコントロールする「月の宗教」であるということ。仏教のみならず、あらゆる宗教の発生が月と深く関わっており、月は「万教同根」のシンボルであるということ。
そして、我々の肉体とは星々のかけらの仮の宿であり、宇宙から来て宇宙に還るわたしたちにとって月は輪廻転生の中継基地そのものである。月は生きとし生ける者すべてのものとは同じという「万類同根」のシンボルであるという。そして多くの民族の神話と儀礼において月は「死、もしくは魂の再生」と深く関わっており、形が変わらない太陽と違って規則的に満ち欠けを繰り返す月が、死と再生のシンボルとされたことが分かり衝撃を受けました。
人類の文明も文化も、その発展の根柢には「死者への想い」があり、埋葬という行為には人類の本質が隠されている。死者とともに生きる存在である人間には、生き残った者が死者への想いを向ける対象物というものが必要であり、それはつまり人間が「お墓を必要とする存在」であるということも分かりました。
故人を記憶している人がひとりもいなくなったときに「死」が完成するものならば、お墓とは「人が死なない」ための記憶装置であり、それは「死の建築物」ではなく「不死の建築物」であるということ。埋葬は文化のシンボルであり、お墓は文明のシンボルである。そして大切な故人を思い出し、その冥福を祈る「こころ」を「かたち」にする日本特有の仏壇もまた、死者の聖なる空間で家族の絆を強烈に意識できる装置であるということに心が震えました。
世界各国のセレモニーには、その国の宗教的伝統や民族的慣習などの「民族的よりどころ」というべきものが反映されているということ。儀式という営みは物語の世界であり、儀式という「文化の核」には、その民族を幸福にする力がある。
その中でも災害・戦争・事件・事故の犠牲者に対しておこなわれる世界共通の「黙祷」は、じつは犠牲者の方々だけではなく「すべての死者」を想う行為であるということ。それは死者に対する礼であり、生者は黙祷によって死者を尊重していることを表現し、死者の存在を再確認することでもあるということ。そして目を閉じる行為である黙祷が「愛、思いやり、まごころ、信頼」など、目では見えない本当に大切なものを魂で見るための技法という凄さ。死者と生者という密接な関係をより深くすることで、わたしたちがこの世に生きることの意味を肯定するのだと分かりました。
わたしたちの人生は喪失の連続であり、それによって多くの悲嘆が生まれており、その数ある悲嘆の中でも最も大きい「愛する人の喪失」。この宇宙の中で独りぼっちになってしまったような孤独感と絶望感。不条理で受け入れがたい現実。この大きな悲しみに寄り添っていくためにあるグリーフケア。死者を悼み、多様な方法でその冥福を祈る供養も、生者にとってはグリーフケアの一環であるということにケアの無限の可能性を感じました。
それには死者へのまなざしを忘れないことが重要であると深く理解できました。そして死を意識し覚悟して、はじめて人はおのれの生きる意味を知るということ。死の不安を乗り越え、死を穏やかに迎えられる死生観を持つこと。人は心から愛するものがあってはじめて、自らの死を乗り越え、永遠の時間の中で生きることができる。死んでも、人間は死者として生きているということには魂が揺さぶられました。
「日本人にいま求められていることは、『人間は何のために生きるのか』という、最も根本的な問いに真正面から向き合い、哲学を確立することであると思う」
「世界中に『死の不安』が蔓延している現在、『死の不安』を乗り越える言葉を集めた書を世に送り出すことに使命を感じる」
この『供養には意味がある』が、まさにその一冊であると思いました。
素晴らしい本でした!
様々な文献(含漫画)、宗教的見地、映画、実体験、時事ネタの中から確立した著書独自の供養の意味を説いてくれています。
コラムなのでゆっくり考えながら読めます
その中には、AIによる故人の作品が本人の作成した作品と区別がつかない
AIによる故人との会話が可能になり、その後の姿まで見ることが出来るといった話もあり
人は肉体がなくなっても仮想空間の中で存在していく、そんな非現実的ともいえるニュースが流れている
そういったニュースを見るたびに、AIの進化は生者と死者のありかたの変化でもあるように感じていた。
この書の中でさまざまかたちを取りながら、著者はいう「供養には意味がある」
「供養(儀式)」それは生者と死者を分けるものであると考えさせられた一冊だった。
本書においては「死」をインとした場合のアフターたる供養に対するビフォアーである修(終)活にも広く話題が及んでいます。その点で本書は、供養そのものの意味を改めて明らかにするだけでなく、それをめぐる文脈やそこに生起する現代での諸問題についても言及したものであり、様々な角度から日本人が営々と継承・発展させてきた供養という行為の姿を描き出しています。
多死社会に突入しつつある、もしくは突入した現代において、今までのように他人事ではいられなくなるであろう「死」とどう向き合うのか。それは現代を生きるわたしたちにとって不可避な問題です。著者は混迷と分断の時代を生きる日本人の不安な「こころ」が少しでも安定することを願って本書を上梓したと述べています。本書は日本人が伝えてきた「死」と向き合う手段である「供養」の姿を明らかにすることによって、その点を実現した一冊といえるでしょう。